2026/6/8
越後薬草のノンアルコールジン、発酵の副産物から生まれた香りの秘密

新潟の越後薬草について詳しく知りたい。ノンアルジンが美味しい。
キュリオす
新潟県上越市に拠点を置く越後薬草は、野草酵素製造の副産物であるアルコールに着目し、ノンアルコールジンを開発した。発酵に適した風土と長年の野草研究、蒸留技術を融合させ、香料不使用で植物本来の香りを引き出す独自の製法で、新たな飲料体験を提案している。
新潟県上越市、冬には深い雪に覆われるこの地で、ある「健康食品メーカー」が、その本流とは異なる蒸留酒、そしてノンアルコールジンを生み出している。口に含めば、アルコールを含まないにもかかわらず、草木の複雑な香りが広がる越後薬草のノンアルコールジンは、一般的な飲料の枠を超えた体験をもたらす。なぜ、野草酵素を長年手掛けてきた会社が、このような蒸留の世界へと足を踏み入れたのか。その背景には、土地の風土と、偶然が呼び寄せた必然の物語がある。
株式会社越後薬草の創業は1976年、新潟県糸魚川市筒石に始まる。創業者の塚田久志は、遠洋漁業から転身し、地元・上越地域の特産品に着目した。特に豊富なヨモギと、清酒製造の副産物である酒粕を組み合わせ、家畜飼料を開発したのが事業の端緒である。この飼料は家畜の健康増進や肉質改善に効果があったという。その後、1980年には上越市小猿屋に社屋を移転し、1982年頃からは本格的に野草を原料とする酵素づくりへと研究の軸を移していった。
上越地域は、夏は高温多湿、冬は低温多湿という、年間を通じて発酵に適した気候に恵まれている。特に雪が多く、年間40度以上の寒暖差がある環境は、強い菌のみが生き残る土壌を育む。越後薬草は、こうした風土を活かし、ヨモギをはじめとする80種類もの野草を陶器の甕で1年間発酵・熟成させる独自の製法を確立した。 この酵素飲料は、医学団体日本成人病予防協会から品質と安全性を評価され、推奨品として認定されるに至っている。 野草の力を引き出し、健康に繋げるという創業以来のテーマは、この地における発酵文化の延長線上に位置していると言えるだろう。
越後薬草が蒸留酒の世界へと足を踏み入れたのは、酵素飲料の製造過程における「偶然」がきっかけだった。野草を発酵させる過程で、少量のアルコールが発生することは以前から知られていたが、それはこれまで製品化されることなく、いわば副産物として扱われていた。2019年に二代目社長に就任した塚田和志は、このアルコールに着目する。
彼は、長年培ってきた野草の知識と発酵技術を活かし、この副産物から新たな価値を生み出すことを決意する。目指したのは、世界四大スピリッツの一つであるジンだった。2020年にはスピリッツ・クラフトジンの製造・販売を目的とした社内ベンチャーを立ち上げ、ブランド名を「YASO」と命名する。 この名は、使用する80種類の野草と「八十」の響きに由来している。 2022年10月には、蒸留風景と現代アート、そして上越の風景が融合した「越後薬草蒸留所」を本社敷地内に開設。 健康食品メーカーとしての土台を持ちながら、アルコールという「副産物」から新たな「本流」を築くという転換は、伝統的なものづくりに新たな視点を与えるものだった。
越後薬草がノンアルコールジンを開発したのは、「お酒が飲めない方や、今は飲めない状況でも、ボタニカルの豊かな香りを美味しく楽しんでほしい」という思いからだという。 彼らのノンアルコールジン「THE HERBALIST YASO NON ALCOHOLIC GIN」は、ラベンダーやモミの木、ジュニパーベリー、レモン、タイム、カルダモンといったボタニカルを厳選し、香料を一切使用せず、蒸留によって香りを抽出している。
アルコールを全く含まないにもかかわらず、しっかりとした飲みごたえを実現するために、減圧式蒸留器を用いて低い温度で蒸留するという製法が採られている。これにより、植物本来の香りを最大限に引き出し、複雑で奥行きのある味わいを作り出している。 数多くの試作を重ねて完成したというこのノンアルコールジンは、アルコール度数0.00%、糖分ゼロという特徴も持つ。 「森の中にあるラベンダー畑」や「朝霧に佇む魚沼杉」といった詩的な名を持つ製品は、それぞれが異なる香りの表情を見せる。 発酵で培った野草の知識と、蒸留で磨かれた技術が、アルコールという制約を超えて香りの世界を広げていると言えるだろう。
ノンアルコールジンというジャンルは、近年世界的に注目を集めているが、そのアプローチは多岐にわたる。市場には、香料を主体とした製品や、既存のアルコールジンからアルコールを抜く製法などが見られる。しかし、越後薬草のノンアルコールジンは、そのルーツが野草酵素の発酵過程で生まれるアルコールという「副産物」にあったという点で、他とは一線を画している。
この背景は、単に市場のトレンドに乗るのではなく、自社の資源と技術を深く掘り下げて新たな価値を創造する姿勢を示している。彼らのクラフトジン「THE HERBALIST YASO GIN ORANGE」が、アジア最大級の酒類品評会「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)」で「ベスト・ジャパニーズクラフトジン」や「ベスト・オブ・ザ・ベスト」といった最高位の賞を複数回受賞している事実は、蒸留技術とボタニカルの選定、ブレンドにおける彼らの高い専門性を裏付けている。 この蒸留の知見が、アルコールを含まない製品にも応用されていると考えるのが自然だろう。健康食品で培った「野草のプロフェッショナル」としての視点が、蒸留酒、そしてノンアルコールスピリッツという新たな領域で、独自の地位を築く原動力となっている。
現在、越後薬草の本社敷地内には、2022年10月にオープンした「越後薬草蒸留所」がある。この施設は「美術館のような蒸留所」をコンセプトに、蒸留器が並ぶファクトリーエリアだけでなく、植物と発酵をテーマにしたアートギャラリーや、地元の食材とジンをペアリングできるバーサロンを備えている。 ここでは、訪問者が蒸留の過程を五感で体験できるような工夫が凝らされている。さらに、2023年7月には東京・表参道に「越後薬草蒸留所 CRAFT GIN STAND」を開設し、都市部でのブランド体験の場も提供している。
越後薬草は、ものづくりにおいて持続可能性も重視している。酵素製造で生じるアルコールをジンに活用するだけでなく、蒸留後のボタニカル残渣を農業用肥料として再利用するなど、廃棄物をなくす循環型の製造サイクルを構築している。 また、地元上越市の「二十歳を祝うつどい」にジンソーダを提供するなど、地域社会との連携も深めている。 新潟薬科大学や新潟バイオリサーチパークとの産学連携による発酵メカニズムの研究も進めており、彼らの探求は多角的に展開されている。
越後薬草のノンアルコールジンは、単なる代替品ではない。それは、長年にわたる野草と発酵の研究、そして蒸留技術の深化が交錯する地点に生まれた、新しい香りの表現だ。健康食品会社という出発点、酵素の副産物という意外な契機、そして「美術館のような蒸留所」という現代的な表現。これら一見すると異なる要素が、新潟・上越という発酵に適した風土の中で、一本の線で結びついている。
彼らのノンアルコールジンは、アルコールの有無を超えて、植物が持つ複雑な香りの可能性を改めて問い直す。それは、飲酒の機会が限られる人々だけでなく、誰もが植物の恵みを五感で味わうことができる、新たな選択肢を提示していると言えるだろう。越後薬草の挑戦は、ものづくりの既成概念を揺さぶりながら、地域の資源と伝統、そして現代のニーズを結びつける、静かながらも力強い探求の姿を映し出している。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。