2026/6/8
加賀棒茶の秘密:ほうじ茶との違いと茎の魅力

加賀棒茶は有名だが、そもそも棒茶って何?ほうじ茶とどう違うの?
キュリオす
金沢で生まれた加賀棒茶は、お茶の製造過程で出る「茎」を主原料とする。渋みが少なく甘みが際立つ茎を浅煎りすることで生まれる芳醇な香ばしさが特徴。ほうじ茶と原料や焙煎度合いが異なり、独自の文化として継承されている。
加賀の地で茶が親しまれてきた歴史は古い。江戸時代、加賀藩三代藩主の前田利常は茶道を奨励し、裏千家の始祖である千仙叟宗室を小松の居城に招くなど、茶文化の興隆に尽力したという。藩は茶樹の植栽も奨励し、明治期には全国有数の茶産地へと成長した経緯がある。
転換期が訪れたのは明治35年(1902年)頃のことだ。当時、緑茶は日本の主要な輸出品であり、高品質な茶葉は海外へ送られ、国内の庶民には高価な嗜好品であった。金沢の茶商、林屋新兵衛は、荒茶を精製する過程で副産物として大量に出る「茎」に着目したという。 当時、二番茶以降の茎は味が薄く、飲用には不向きとされていたが、これを焙煎することで独特の芳香が生まれることを発見したのだ。 こうして、それまで捨てられていた茎が、手頃な価格で楽しめる新しいお茶として商品化され、「棒茶」として広く普及していった。
戦後、国内の食糧事情の変化や国道整備などにより、かつて広大な茶畑が広がっていた金沢周辺の丘陵地帯は宅地や工業用地へと姿を変え、茶の生産はほぼ消失する。 しかし、石川の茶業者は、静岡や鹿児島などの主要産地から良質な茎を仕入れ、金沢の地で焙煎・加工する形で棒茶文化を継承していった。 そして昭和58年(1983年)、昭和天皇が石川県を訪問された際、丸八製茶場が特別に調製した棒茶が献上され、その味わいが絶賛されたことで、「献上加賀棒茶」として全国的な知名度を得るきっかけとなった。
「棒茶」とは、煎茶や玉露などを製造する過程で選別された茶葉の「茎」や「葉脈」を主原料とするお茶の総称である。 一般的に、茶葉の渋み成分であるカテキンは葉に多く含まれる一方、旨味成分であるテアニンは、葉から新芽へ栄養が送られる過程で茎に多く蓄積される。 このため、茎を原料とする棒茶は、苦味や渋みが少なく、まろやかな甘みとすっきりとした味わいが特徴となる。
加賀棒茶の製法における最大の特徴は、この茎を「焙煎」することだ。 特に「献上加賀棒茶」に代表される上級品では、一番茶の良質な茎を選び、遠赤外線バーナーなどを用いて、焦がさないよう芯からじっくりと火を通す「浅煎り」で仕上げられる。 この独特の焙煎技術により、茎が持つ甘みや花の香り成分(ゲラニオール、リナロール)が引き出され、澄んだ琥珀色の水色と、芳醇で軽やかな香ばしさが生まれるのだ。
全国の産地から届けられる茎は、大きさ、重さ、色合いが様々であるため、そのまま焙煎しても均一な品質の加賀棒茶はできない。そのため、石川の茶業者たちは、これらの原料を丁寧に選別し、それぞれに最適な焙煎方法で加工した後、再びブレンドするという手間のかかる工程を経て、加賀棒茶特有の味わいを作り上げている。 このような手間と技術の積み重ねが、単なる副産物であった茎から、個性豊かな銘茶を生み出す原動力となっている。
「ほうじ茶」とは、緑茶を高温で焙煎して香ばしさを加えたお茶全般を指す広範な分類である。 その原料は、煎茶や番茶の葉、玉露、さらには茎や粉茶まで多岐にわたる。 焙煎することでカフェインや渋み成分が減少し、さっぱりとした飲み口と香ばしい香りが特徴となる。
では、加賀棒茶とほうじ茶の違いはどこにあるのか。最も明確な点は、原料の部位にある。一般的なほうじ茶が茶葉(特に番茶など)を主原料とするのに対し、加賀棒茶は「茎」を主原料としている点が大きな違いだ。 茎には葉よりもテアニンが多く、カテキンが少ないため、焙煎しても渋みや苦味が出にくく、甘みが際立つ。
さらに、焙煎の度合いと狙いも異なる。加賀棒茶は、茎の持つ繊細な甘みと香りを引き出すために、焦げつきを避け、比較的「浅く」焙煎されることが多い。 これにより、澄んだ琥珀色と、軽やかで上品な香ばしさが生まれる。一方、一般的なほうじ茶は、原料の葉の渋みを抑え、より強い香ばしさや、時にはスモーキーな風味を出すために、深く焙煎されるケースも少なくない。 例えば、京都の「京番茶」は、葉と茎を一緒に摘み、独特の燻した香りが特徴的であり、加賀棒茶とは全く異なる個性を持つ。 このように、同じ「焙じる」という工程を経ても、原料の選択と焙煎の加減によって、お茶の風味は大きく変わるのである。
現代において、加賀棒茶は石川県を代表する銘茶として、その地位を確固たるものにしている。北陸新幹線の金沢延伸を機に全国的な注目度も増し、土産物としても人気が高い。 金沢市内には多くの茶舗が軒を連ね、それぞれが独自の焙煎技術を磨き、多様な加賀棒茶を提供している。
その用途も広がりを見せている。伝統的な飲み方としてはもちろん、水出しにすることで、よりすっきりとした甘みが引き出され、夏場にも適した冷茶として親しまれている。 また、その独特の香ばしさと甘みは、和菓子だけでなく、肉料理や魚料理、さらにはスイーツの素材としても活用されているのだ。加賀棒茶を使ったプリンやソフトクリーム、マドレーヌなども人気を集めている。
石川県では、県内で焙煎された棒茶について、原材料や品質基準、製造管理基準などを定めた「石川県ふるさと食品認証食品」として登録し、品質の維持とブランド保護に努めている。 また、「加賀棒茶」の名称は地域団体商標にも登録されており、その価値が守られている。 石川県内の茶畑面積は現在ごく限られているが、県外から仕入れた良質な茎を、この地で培われた職人の技術で焙煎し、加賀棒茶として仕上げる。 この「仕立て」の技術と、それを支える文化こそが、加賀棒茶の地域性を形成しているのだ。
加賀棒茶の物語は、単なるお茶の種類の話に留まらない。それは、かつて「出物」として顧みられなかった茶の茎に新たな価値を見出し、それを地域の文化として昇華させてきた人々の知恵と工夫の歴史である。
「ほうじ茶」という大きな枠組みの中にありながら、加賀棒茶は「茎」という特定の部位にこだわり、独自の焙煎技術を確立することで、他のほうじ茶とは一線を画す個性的な存在となった。このプロセスは、資源の有効活用という視点だけでなく、地域に根ざした職人技と嗜好が、いかに普遍的な価値を生み出しうるかを示している。他地域の原料を受け入れ、それを独自の感性で「石川の味」として整え送り出す「編集力」が、このお茶の輪郭を決定づけている。
金沢の街で、一杯の加賀棒茶を味わうとき、その香りの向こうには、茶葉の副産物に可能性を見出した明治の茶商の視点、そして、その価値を今日まで守り、高めてきた人々の静かな情熱が宿っている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。