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東海道の宿場町・吉原宿は、高潮被害により三度移転した。移転に伴い東海道の経路も変わり、富士山が左手に見える「左富士」の景観が生まれた。宿場町は製紙業の礎を築き、隣接する沼津は水産加工業で栄えた。
沼津が干物の名産地となった背景には、日照時間が長く雨の少ない気候、駿河湾からの浜風、富士山系の湧水という自然条件がある。さらに、新鮮な魚の確保と、職人たちの長年の経験と技術が、沼津の干物を支えている。
沼津は古代から交通の要衝であり、東海道の宿場町として栄えた。江戸時代には沼津藩が置かれ、明治以降は鉄道と御用邸の存在が発展を後押しした。現代も港湾都市、観光地として地の利を活かしている。