2026/7/2
神戸の顔TOOTH TOOTH、震災を乗り越え「ハレノニチジョウ」を創るまで

神戸を代表するといっても過言ではないTOOTH TOOTHについて詳しく教えて欲しい。
キュリオす
神戸の食文化を牽引するTOOTH TOOTH。小さなレストランバーから始まったブランドが、震災を乗り越え、洋菓子店やレストランへと多角化し、「ハレノニチジョウ」をコンセプトに神戸の街に根差していくまでの歩みを辿る。
トアウエストの路地裏から生まれた音
神戸の街を歩くと、どこかしらに西洋の文化が息づいているのを感じる。旧居留地の重厚な石造りの建物、北野の異人館、そして街角のカフェやパティスリー。その中でも、「TOOTH TOOTH」という名を耳にする機会は多いだろう。単なる洋菓子店という枠に収まらず、カフェ、レストラン、バーなど多岐にわたる業態を展開し、神戸の食文化の一端を担ってきた存在だ。しかし、このブランドがなぜこれほどまでに神戸の顔として定着したのか。その背景には、港町の歴史と、創業者の「遊び心」が深く関わっている。
震災を越えて形を変えたコミュニティ
TOOTH TOOTHの歴史は、1986年に神戸・トアウエストの路地裏に開かれた小さなレストランバーから始まる。当時のTOOTH TOOTHは、アートやモード、音楽を志す若者たちが集うコミュニティの場であったという。手作りの空間で、心地よい音楽が流れ、人々が交流する、「ハレノニチジョウ」を体現する場所だったのだ。当時はまだ洋菓子の専門店ではなく、レストランバーとしての営業が主軸だった。
しかし、その歩みは平坦ではなかった。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、神戸の街全体に甚大な被害をもたらした。TOOTH TOOTHも例外ではなく、大きな試練に直面する。しかし、この危機がブランドの方向性を決定づける転換点となった。震災後、なんとか無事だった店舗で営業を再開した際、老夫婦が涙ながらに「おいしい。おいしい。ありがとう」と語ったというエピソードは、飲食業が単に空腹を満たすだけでなく、人々の心をも満たすものであるという認識を創業者にもたらした。この経験が、「食でつながる、いつもの日がハレる」というTOOTH TOOTHのコンセプトをより強固なものにしたと言えるだろう。
震災からの復興期を経て、TOOTH TOOTHは新たな展開を見せる。1997年には洋菓子の専門店「PATISSERIE TOOTH TOOTH」が誕生し、タルトや焼き菓子が主力商品として確立された。これは、レストランバーで提供していた手作りのタルトや焼き菓子が評判を呼んだことがきっかけだった。その後、運営会社は1999年に株式会社ポトマックへと商号を変更し、ブラッスリー、カフェ、フードホールなど、多角的なブランド展開を進めていく。神戸国際会館11階の屋上庭園を囲む「TOOTH TOOTH GARDEN RESTAURANT」や、国の重要文化財である旧神戸居留地十五番館にオープンした「Salon 15 TOOTH TOOTH 旧神戸居留地十五番館」など、神戸の象徴的な場所に店舗を構えることで、TOOTH TOOTHは街の歴史と文化に深く根差していった。
「ハレノニチジョウ」と神戸キュイジーヌ
TOOTH TOOTHの根底には、「ハレノニチジョウ」というコンセプトがある。これは、日々の食を通じて、日常を少しおしゃれに、素敵に、幸せにするという願いが込められた言葉である。その実現のため、「こだわり」と「遊び心」がブランドの二つの柱として掲げられている。
特に洋菓子においては、旬の果実をふんだんに使用したタルトが代名詞となっている。パティシエたちは、神戸の港近くにあるアトリエで、季節の移ろいを表現したケーキや焼き菓子を手作りしているという。焼き菓子においては、砂糖や小麦粉への丁寧な熱入れを重視し、素材の持つ甘み、旨味、食感を最大限に引き出すための焼き加減にこだわりを見せる。これは、単に甘いものを提供するだけでなく、素材の持つ本来の力を引き出し、食べる人に感動を与えるという職人の矜持の表れだ。
また、レストランやカフェで提供される料理は「神戸キュイジーヌ」と称される。これは、フランス料理の技術と本質を基礎に置きながらも、神戸で育まれた「美味しいもの」への感性を取り入れた独自の料理観である。神戸は古くから貿易港として栄え、世界中の食材や食文化が流入してきた歴史を持つ。TOOTH TOOTHは、近郊の山々や瀬戸内の海の豊かな恵みを最大限に活用し、西洋と東洋が交じり合う神戸独自の食文化を料理に昇華させているのだ。モダンでありながらも洒脱な空間作りも特徴であり、食事やデザートだけでなく、音楽やインテリアを含めた総合的な体験を提供することで、人々の「ハレノニチジョウ」を演出している。
興味深いのは、ブランド名の「TOOTH TOOTH」が「歯歯(はは)」、すなわち「母の味」を意味するという説があることだ。これは、単なる流行に流されることなく、食を通じて安心感や温かさ、そして普遍的な喜びを提供したいという、創業以来変わらぬ想いを象徴しているのかもしれない。
港町が育んだ洋菓子文化の系譜
神戸が「スイーツの街」と呼ばれるようになった背景には、明治初期の開港にまで遡る長い歴史がある。1868年(明治元年)の神戸港開港により、外国人居留地が設けられ、欧米の商人や技術者が多数来日した。彼らの家族向けにパン屋や菓子店が次々と開業し、これが神戸における洋菓子文化の礎となった。大正時代には、第一次世界大戦の影響でドイツやロシアなどから多くの洋菓子職人が来日し、チョコレートをはじめとする本格的な西洋菓子作りが神戸に伝えられたという。これらの職人たちが日本人の味覚に合うようアレンジを加えることで、「神戸流洋菓子」が徐々に定着していったのだ。
神戸の洋菓子文化が他都市と異なる点は、いくつかの要因が指摘されている。一つは、職人を育てる仕組みが早くから確立されていたこと。二つ目は、良質な食材を開発し供給する支援産業が充実していたこと。そして三つ目は、顧客の「厳しい舌」が職人を鍛え上げたことである。これらの要素が複合的に作用し、神戸の洋菓子は技術と品質を高めていった。現在でも、神戸市内には人口当たりの洋菓子店数が他都市に比べて多く、年間世帯当たりの洋菓子消費額も全国で最も高い水準にある。
TOOTH TOOTHは、この神戸の洋菓子文化の系譜に連なる存在でありながら、その中でも独自の立ち位置を築いてきた。例えば、「ユーハイム」や「モロゾフ」といった老舗ブランドが百貨店展開を通じて全国的な知名度を確立したのに対し、TOOTH TOOTHはよりカフェやレストランとしての「空間体験」と「ライフスタイル提案」に重点を置いている点で異なる。また、これらの老舗がドイツやロシアの伝統的な菓子を基盤とする一方で、TOOTH TOOTHはフランス菓子の技術をベースにしつつ、旬の果実を大胆に使うなど、より現代的で遊び心のある表現を取り入れている。
京都の和菓子文化が、茶道という厳格な作法の中で洗練され、季節の移ろいを繊細に表現する「用の美」を追求してきたとすれば、神戸の洋菓子文化は、開港という外来文化との出会いの中で、自由な発想と新しいものを取り入れる柔軟性によって発展してきたと言える。TOOTH TOOTHは、その神戸の特性を現代的に解釈し、単なる菓子の提供に留まらず、食を通じた「日常の豊かさ」を提案することで、消費者の支持を得てきたのである。
旧居留地の洋館が語る現在地
現在のTOOTH TOOTHは、神戸市内を中心に、レストラン、カフェ、パティスリー、フードホールなど、約100店舗を擁する多ブランド展開を行っている。その中には、神戸の歴史的建造物を活用した店舗も少なくない。「Salon 15 TOOTH TOOTH 旧神戸居留地十五番館」はその代表例であり、1880年(明治13年)頃に建てられた旧米国領事館で、国の重要文化財に指定されている。この建物は阪神・淡路大震災で全壊したが、国や県、市の補助を受けて再建され、現在に至る。明治初期の外国商館の趣が残るこの空間で、紅茶と洋菓子、そして神戸キュイジーヌを提供するという試みは、TOOTH TOOTHが神戸の歴史を現代に繋ぐ役割を担っていることを示している。
また、神戸ポートミュージアム1階にオープンした「TOOTH TOOTH MART FOOD HALL&NIGHT FES」は、神戸のウォーターフロントにおける新たな魅力創出を目指している。ここでは、劇場型アクアリウム「átoa(アトア)」の巨大水槽と繋がるバーカウンターが設けられ、魚を眺めながら食事ができるという。昼間は観光客の需要に応え、夜は大人が楽しめるナイトスポットとしての機能も果たすことで、神戸の夜間経済の活性化にも貢献しようとしている。
一方で、洋菓子業界全体としては、少子高齢化による消費層の変化や、神戸以外の地域でも高品質な洋菓子店が増えたことによる競争激化といった課題も抱えている。TOOTH TOOTHも例外ではなく、常に新しい価値を創造し続けることが求められているだろう。例えば、オンラインショップでの販売強化や、季節限定商品の開発、さらには「神戸サブレ」のような地域性を打ち出した土産菓子の提供など、多様なアプローチで市場に対応している。
食を通じて街を編む視点
TOOTH TOOTHの軌跡を辿ると、単なる飲食店の集合体ではなく、神戸という都市の文化を「食」を通じて編み直し、再構築してきた歴史が見えてくる。創業者が東京のカフェ・バーに触発され、「神戸にも作りたい」という想いから始まったという経緯は、外来文化を積極的に取り入れ、自らのものとして昇華させてきた神戸の気質そのものと重なる。
震災からの復興期において、食が人々の「心」を満たすことに気づいたというエピソードは、TOOTH TOOTHが提供する価値が、単なる味覚を超えた場所にあることを示唆している。それは、店舗の空間デザイン、流れる音楽、そしてスタッフのサービスといった要素が複合的に作用し、顧客の日常に「ハレ」の感覚をもたらすという、総合的な「体験」の創出に他ならない。
神戸の洋菓子文化が、外国人の流入、職人育成、そして顧客の厳しい目が互いに作用し合う中で発展してきたように、TOOTH TOOTHもまた、その「こだわり」と「遊び心」を軸に、神戸の街を愛する人々とともに成長してきた。旧居留地の歴史的建造物から最新のウォーターフロント施設まで、多様な立地で展開するその姿は、神戸が持つ多面的な魅力を「食」という共通言語で表現しようとする試みである。TOOTH TOOTHの存在は、神戸の街が過去と現在、そして未来をどのように繋いでいくのかを、具体的な風景として示している。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- HISTORY - TOOTH TOOTH / トゥース・トゥースtoothtooth.com
- TOOTH TOOTH RESTAURANT / CAFE - TOOTH TOOTH / トゥース・トゥースtoothtooth.com
- PATISSERIE TOOTH TOOTH – TOOTH TOOTH MART STOREtoothmartstore.com
- BRAND | POTOMAK CO.,LTDpotomak.co.jp
- ホーム - TOOTH TOOTH / トゥース・トゥースtoothtooth.com
- 株式会社ポトマック 代表取締役・金指光司さんにインタビュー - 特集kisspress.jp
- PATISSERIE TOOTH TOOTH - TOOTH TOOTH / トゥース・トゥースtoothtooth.com
- 「パティスリートゥーストゥース」の魅力に迫る!メニュー概要や店舗情報も|HANKYU FOOD おいしい読み物|フード(食品・スイーツ)|阪急百貨店公式通販 HANKYU FOODweb.hh-online.jp