2026/6/7
村杉温泉のラジウム泉、その効能と「国宝級」とされる理由

新潟の五頭山の村杉温泉について知りたい。ラジウム泉とは?効能は?
キュリオす
新潟県阿賀野市の村杉温泉は、国内有数のラジウム含有量を誇る。本記事では、ラジウム泉のメカニズムであるホルミシス効果、その効能、そして「国宝級」と称される泉質の特異性について、湯治場の歴史と共に辿る。
新潟県阿賀野市の五頭連峰の麓に広がる五頭温泉郷。その一角に、古くから湯治場として知られる村杉温泉がある。一歩足を踏み入れると、杉の静かな香りと、かすかに硫黄とは異なる、しかしどこか懐かしい湯の匂いが混じり合う。この地を訪れる人々が求めるのは、単なる休息ではない。村杉温泉の最大の特色である「ラジウム泉」が持つとされる、特異な効能への期待があるからだろう。しかし、「ラジウム泉」とは一体何なのか。放射能という言葉が持つ響きとは裏腹に、なぜそれが人々の心と体を惹きつけ続けてきたのか。その問いの先に、この湯治場の歴史と、そこに見える人の営みがある。
村杉温泉の開湯は、室町時代の建武二年(1335年)に遡ると伝えられている。足利家の武将であった荒木正高が戦乱を逃れこの地にたどり着いた際、七日間連続して薬師如来の霊夢を感じ、そのお告げによって温泉を発見したという伝説が残る。正高は傍らに薬師堂を建立し、仏の恩に報いるために参道に松や杉などを植えた。この「杉の多い村」が後に「村杉」と呼ばれるようになったという。共同浴場の「薬師乃湯」や薬師堂といった施設が温泉街の中心に集まっているのは、こうした由来によるものだろう。
江戸時代には新発田藩主・溝口公が湯治に訪れた記録があり、近郷の湯治場として賑わいを見せた。また、戊辰戦争で傷ついた勤王の志士たちもこの地で療養したと伝えられている。しかし、村杉温泉が全国的にその名を知られるようになるのは、明治維新で活躍した遠藤七郎による浴場整備を経て、さらに時代が下ってからのことだ。
決定的な転換点は大正3年(1914年)に訪れる。新潟医学専門学校(現在の新潟大学医学部)の教授が村杉温泉の泉質を分析した結果、多量のラジウムが含有されていることが明らかになったのだ。 当時、キュリー夫妻によるラジウムの発見が世界を驚かせた時代背景もあり、その希少な泉質は一躍注目を集めた。特に婦人病に効果があるとして「子宝の湯」と称され、全国各地から湯治客が押し寄せるようになった。 共同浴場の周辺には長期滞在する湯治客のための市場が立ち、大正8年には新潟県内で初めてフォード製の乗合自動車が運行されるほどの賑わいを見せたという。
「ラジウム泉」とは、一般的に「放射能泉」と呼ばれる泉質の一つである。温泉水中に、放射性元素であるラジウムが崩壊して生じる気体のラドンが一定量以上溶け込んでいるものを指す。 「放射能」という言葉から危険なイメージを抱く者もいるかもしれないが、ラジウム泉に含まれる放射線量は微量であり、健康被害が確認された例はない。むしろ、この微量の放射線が人体に有益な作用をもたらすと考えられており、その現象は「ホルミシス効果」と呼ばれている。
ホルミシス効果とは、大量に摂取すれば有害となる物質でも、ごく微量であれば逆に生体機能に刺激を与え、活性化させるというものだ。ラジウム泉の場合、温泉に溶け込んだラドンが気化し、湯気として浴室内に充満する。このラドンガスを呼吸によって吸い込むことで、肺から吸収され血液循環に入り、全身に広がる。 皮膚からの吸収よりも、呼吸器からの吸入の方が効率的に成分を取り込めるとされているため、ゆっくりと湯に浸かり、湯気を深く吸い込む入浴法が推奨されている。 また、飲泉によって消化器から体内に取り込むことも可能だ。
体内に取り込まれたラドンは、細胞を刺激し、免疫力や自然治癒力を高める抗酸化作用を促すと考えられている。 その効能は多岐にわたり、環境省が定める療養泉の定義においても、関節リウマチ、動脈硬化症、痛風、高血圧症、慢性胆嚢炎、胆石症、神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性、慢性消化器病、慢性婦人病などが挙げられている。 古くから「万病の湯」「子宝の湯」として親しまれてきた背景には、こうした微量な放射線がもたらす身体の内側からの変化への期待があったと言えるだろう。
日本には数多くの温泉が存在するが、ラジウム泉はその中でも希少な泉質である。特に有名なのは、鳥取県の三朝温泉、秋田県の玉川温泉、山梨県の増富温泉で、これらは「日本三大ラジウム温泉」あるいは「日本五大ラジウム温泉」として知られている。 村杉温泉もまた、それらと並び称される国内有数のラジウム泉として認識されている。
しかし、村杉温泉のラジウム泉には、他の名湯と一線を画す特異性がある。2001年に発見された「村杉温泉薬師乃湯3号井」は、国内最大級とされる204.7マッヘという高いラドン含有量を誇るだけでなく、毎分483リットルという豊富な湧出量を持つ。 一般的に放射能泉の湧出量は毎分20~50リットル程度であるため、この数値は驚異的であり、ある温泉研究者をして「国宝級」と感嘆せしめたほどだ。
この豊富なラドン含有量と湧出量の背景には、村杉地域の特殊な地質構造が関わっている。新潟大学名誉教授の島津光夫博士らの研究によれば、村杉付近には断層帯が走り、花崗岩の岩盤に多くの割れ目があるという。これにより、地下水が放射性元素を含む岩石と接触する面積が増え、より多くの放射性元素を溶かし込む。さらに、この地域の湯脈だけでなく、村を流れる伏流水からもラドンが検出されており、湯脈と伏流水が組み合わさった「複合型放射能泉」としての特徴を持つ。 このため、温泉に浸かるだけでなく、源泉の周囲を散歩するだけでも伏流水から立ち上るラドンを吸い込むことができるとされている。
三朝温泉もまた、高濃度のラドンを含む世界屈指の放射能泉として知られ、吸うこと、飲むことによる抗酸化作用が強調される。 実際に三朝温泉地区の住民の癌による死亡率が全国平均の約半分であるという統計解析結果も報告されており、ホルミシス効果の根拠の一つとされている。 それぞれの温泉が持つ地質学的、歴史的な条件が、そのラドン含有量や利用法、そして人々の間に語り継がれる効能に影響を与えているのである。
現代の村杉温泉には、7軒の旅館と共同浴場「薬師乃湯」があり、足湯や飲泉施設も整備されている。 かつては長期滞在して病気の治療を行う「湯治」が主流だったが、近年ではその概念が「新・湯治」として再定義されつつある。これは、単なる病気治療に留まらず、温泉が持つ健康増進効果や、周辺の豊かな自然環境を活かした「ウェルネス」への志向を強める動きである。 五頭連峰の森林を活用した森林セラピーとの組み合わせなど、地域全体での健康づくりへの取り組みも進められている。
しかし、現代における村杉温泉は、新たな課題にも直面している。特に東日本大震災とそれに伴う福島第一原子力発電所事故以降、放射能に対する人々の不安感が高まり、一時的に来客数が激減したという過去がある。 この経験を経て、村杉温泉では、大学や健康関連機関との連携を強化し、ラジウム泉の安全性と効能に関する正確な情報を発信することで、そのブランド価値を再構築しようと努めている。 実際に、2024年4月には、ラジウム温泉浴が健常成人の血管内皮機能や生理学的検査値に及ぼす影響に関する産学連携研究が新潟医学会で発表されるなど、科学的なエビデンスの蓄積も進められている。
現在でも、新潟市内から毎週のように温泉水を汲みに訪れる地元の人々がいる。彼らはその水を炊飯や汁物に使っているといい、「なんだかわからねけど、健康にいいみてらっけねぇ。体の調子はいいみてら」と語る。 こうした地域住民の日常に根差した利用は、科学的根拠を超えた、長年の経験からくる温泉への信頼を物語っている。
村杉温泉のラジウム泉が持つ「国宝級」と称されるほどの高いラドン含有量と、その豊富な湧出量は、この地の地質学的条件が織りなす偶然の産物であった。他の有名なラジウム泉と比較しても、村杉の「複合型放射能泉」としての特性は、ただ湯に浸かるだけでなく、その場の空気を呼吸すること自体が湯治となる、特異な環境を形成している。
古くから「万病の湯」「子宝の湯」として、また「医者が育たない」とまで言われた背景には、微量の放射線が身体に与えるホルミシス効果という、目に見えない作用への期待があった。それは、現代の科学によってそのメカニズムが徐々に解明されつつあるものの、本質的には人間が持つ自然治癒力への信頼に根差している。
現代において、村杉温泉は、単なる療養の場から、心身の健康を総合的に高める「ウェルネス」の聖地へとその姿を変えようとしている。放射能への誤解を解き、科学的根拠に基づいた情報を発信しながら、同時に古くからの湯治文化を守り、地域の自然と共生する。見えないラドンという恵みを、人々がどのように受け止め、未来へと繋いでいくのか。湯煙の向こうに、その問いかけが静かに立ち上っている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。