2026/6/8
永平寺の門前で味わう、團助の生胡麻豆腐の秘密

永平寺胡麻豆腐の里 團助について詳しく知りたい。生胡麻豆腐が美味しい。
キュリオす
明治21年創業の「永平寺胡麻豆腐の里 團助」は、永平寺の修行僧から製法を学び、胡麻、葛、水の三つの素材と「もてなしの心」を大切にした生胡麻豆腐を作り続けている。高野山の胡麻豆腐との違いや、その製法に込められた禅の精神を探る。
永平寺の門前町を歩くと、どこからともなく胡麻の香りが漂ってくる。その香りは、焦がすような強さではなく、むしろ奥ゆかしく、しかし確かな存在感で鼻腔をくすぐる。多くの旅人がこの地で「永平寺胡麻豆腐の里 團助」の生胡麻豆腐を口にし、そのとろけるような食感と濃厚な風味に驚くという。冷蔵ケースに並ぶ一般的な胡麻豆腐とは一線を画す、みずみずしい口当たりは、一度味わえば忘れられないものとなるだろう。なぜこの地で、これほどまでに繊細な胡麻豆腐が生まれ、そして多くの人を惹きつけ続けるのか。その答えは、永平寺という禅の道場の歴史と、門前町の人々の「もてなしの心」が交錯する点に見出すことができる。
「團助」の創業は明治21年(1888年)に遡る。当初は、大豆を原料とする一般的な豆腐店として、永平寺の門前町で商いを始めていたという。しかし、時代が昭和へと移り変わる中で、全国から永平寺を訪れる参拝客をもてなす「永平寺らしい食」を求める声が門前町から上がった。これに応える形で、團助は永平寺の修行僧に胡麻豆腐の製法を学ぶことになる。これが、現在の胡麻豆腐専門店としての團助の始まりである。永平寺は鎌倉時代に道元禅師によって創建された曹洞宗の大本山であり、33万平方メートルに及ぶ広大な敷地では、今も修行僧たちが坐禅と読経の日々を送る。曹洞宗においては、食事もまた重要な修行の一つと位置づけられており、精進料理は日々の修行や努力、邁進によって出来上がるものとされている。胡麻は、肉や魚を用いない精進料理において、修行僧の貴重なタンパク源として様々な料理に活用されてきた。中でも胡麻を擂ることから始まる胡麻豆腐づくりは、手間を惜しまない「もてなしの心」の象徴とされ、今も修行僧たちの活動の源として食され続けているのだ。團助は、この永平寺の教えと伝統を受け継ぎ、大本山永平寺の御用達として認可されている。さらに、伊勢神宮や明治神宮にも商品を奉納しているという事実は、その品質と格式が広く認められている証左と言えるだろう。
團助の胡麻豆腐、特に「生胡麻豆腐」が持つ独特の魅力は、その製法に深く根差している。胡麻豆腐の原材料は、胡麻、葛、水の三つのみ。シンプルであるがゆえに、それぞれの素材の質と、それらを扱う技が問われる。團助では、風味を高めるために胡麻をほどよく煎り、さらにペースト状にする際には同じ工程を三回繰り返すことで、極めて細かく仕上げるという。煎ることで胡麻の香りが際立ち、栄養素も増加するとされる。 使用される葛は国産の本葛、そして水は霊峰白山からの伏流水を用いる。この清らかな水が、胡麻と葛の持ち味を最大限に引き出す。
胡麻豆腐づくりにおいて、胡麻を念入りにすり潰す作業は、手間を惜しまない「もてなしの心」の象徴とされてきた。 團助の「生胡麻豆腐」は、丹念に練り上げた胡麻豆腐を冷やして成型するだけで、再加熱を一切行わないという点に大きな特徴がある。 一般的な胡麻豆腐の多くは、保存性を高めるためにレトルト殺菌されることがあるが、生胡麻豆腐は製造直営店だからこそ提供できる、鮮度と風味を追求した逸品なのだ。この非加熱製法が、とろけるような食感と豊かな胡麻の風味を生み出し、一度食べたら忘れられない美味しさとなる。 胡麻豆腐作りには「喜心(きしん)」「老心(ろうしん)」「大心(だいしん)」という三つの心構えがあると言われている。「喜心」は他人の利益を喜ぶ心、「老心」は相手の立場に立って工夫する心、「大心」は広く平等な心で初心を忘れずに向上心を持つこと。 これらの精神が、團助の胡麻豆腐には込められているのだ。
胡麻豆腐は、永平寺だけでなく、和歌山県の高野山など、禅宗の寺院が栄える地域で広く食されてきた精進料理の代表格である。しかし、一口に胡麻豆腐と言っても、その製法や味わいには地域ごとの違いが見られる。
高野山の胡麻豆腐は、胡麻の皮を剥いて白い芯の部分だけを使って作られることが多い。 これにより、出来上がりの色は白く、油分が少なくあっさりとした味わいになる傾向がある。また、炒らずに生のまま胡麻をすり潰すことで、香ばしさよりも胡麻本来のコクが際立つという。 漆塗りの器に盛り付けた際に美しく見えるよう、見た目の白さを追求した結果という説もある。
対して永平寺、そして團助の胡麻豆腐は、胡麻を外皮ごとすり潰す製法が特徴である。 これにより、胡麻の皮の色が付き、白胡麻であれば淡いクリーム色に、黒胡麻であれば黒い胡麻豆腐となる。さらに、胡麻を焙煎してからすり潰すことで、香ばしい風味が強く感じられる仕上がりとなるのだ。 高野山の胡麻豆腐が「白い金」とも称される本葛の純粋な口当たりを重視するならば、永平寺の胡麻豆腐は胡麻そのものの風味と香ばしさを最大限に引き出すことに重きを置いていると言えるだろう。どちらが優れているという話ではなく、胡麻豆腐という一つの料理が、それぞれの土地の食文化や禅の教え、そして「もてなしの心」によって多様な姿を見せる好例である。また、食べ方にも違いが見られ、高野山では醤油やわさびで食されることが多いのに対し、永平寺では特製の味噌だれを添えて味わうのが一般的とされている。
永平寺の門前町に位置する「胡麻豆腐の里 團助」の直営店は、今も多くの参拝客や観光客で賑わいを見せている。ここでは、店頭でしか味わえない「生ごま豆腐」をはじめ、胡麻プリンや胡麻豆腐入りぜんざいなど、様々な胡麻豆腐を使った商品が提供されている。 特に「生ごま豆腐」は、その日のうちに消費する必要がある、まさに「できたて」の味であり、多くの人がこれを求めて店を訪れる。
團助の胡麻豆腐は、福井県内のお土産物屋さんでも広く取り扱われており、永平寺を訪れた際の定番土産として定着している。 また、2017年には團助が制定した5月12日が「永平寺胡麻豆腐の日」として日本記念日協会に認定・登録された。 これは「ご(5)まどうふ(12)」の語呂合わせに由来するもので、精進料理の代表格である胡麻豆腐の美味しさや魅力を広く伝えることを目的としている。 永平寺の歴史とともに歩んできた胡麻豆腐は、単なる食材としてだけでなく、禅の精神や地域の文化、そして人々の「もてなしの心」を伝える媒体として、現代に息づいているのだ。
永平寺の門前町で團助の胡麻豆腐を味わう時、それは単に胡麻と葛が織りなす味覚体験に留まらない。そこには、道元禅師が食事を修行と位置づけた思想、そして永平寺を訪れる人々へ「永平寺らしい食でおもてなしをしたい」という門前町の人々の素朴な願いが凝縮されている。
高野山の胡麻豆腐が、胡麻の皮を剥き、白く上品な姿に仕立てることで、精進料理の美意識を表現しているとすれば、團助の胡麻豆腐は、胡麻を皮ごと焙煎し、その香ばしさと滋味を余すことなく引き出すことで、禅の食事における「生命をいただく」という実直な姿勢を体現していると言える。手間を惜しまず、素材と向き合うこと。そして、それを味わう人への配慮。この二つの軸が、永平寺の胡麻豆腐の根底には流れている。異なるアプローチでありながらも、どちらも胡麻豆腐が「もてなしの心の象徴」であるという共通の認識に行き着くのは、興味深い点である。 永平寺の厳しい修行の傍らで育まれた食文化は、現代において「生胡麻豆腐」という形で、訪れる人々に静かに語りかけている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。