2026/6/8
天然真昆布は本当に獲れなくなった?函館・南茅部地区の現状

真昆布はもう獲れないと聞く。ほんとか?
キュリオす
かつて最高の出汁を生むとされた北海道・南茅部産の天然真昆布の漁獲量が激減している。磯焼けや海水温上昇などの要因で、天然物は10年前の5%程度にまで落ち込んだ。記事では、この現状と、養殖昆布への依存、そして産地の取り組みを追う。
料理屋のカウンターで、静かに供される椀物の出汁を一口含む。その透明な液体が持つ奥深い旨味は、多くの和食において「基本」とされる昆布から引き出されている。特に、その中でも「真昆布」は、古くから上品な甘みと澄んだ色合いで知られ、最高の出汁を生むとされてきた。しかし近年、「もう天然の真昆布はほとんど獲れない」という話を耳にするようになった。もしそれが事実であれば、私たちの食卓を支えてきた根源の一つが、静かに姿を変えていることになる。この疑問を抱え、私たちは昆布の生育する海と、それを取り巻く現状に目を向ける。
真昆布の歴史は、日本の食文化の根幹と深く結びついている。奈良時代にはすでに朝廷への献上品として「昆布」の名が文献に記されており、その価値は千二百年以上前から認識されていたことがうかがえる。 なかでも北海道の渡島半島南東部沿岸、特に旧南茅部町(現在の函館市)で採れる真昆布は、肉厚で身の締まりが良く、切り口が白いことから「白口浜真昆布」と呼ばれ、最上級品とされてきた。江戸時代には、松前藩がこの真昆布を朝廷や将軍家へ上納し、「献上昆布」あるいは「天下昆布」と称された記録も残る。
この真昆布が日本の文化に深く浸透したのは、江戸時代から明治期にかけての「北前船」の存在が大きい。北海道から日本海側を南下し、瀬戸内海を経て大阪へと至る航路は「昆布ロード」と呼ばれ、多くの昆布が運ばれた。 「天下の台所」と呼ばれた大阪では、この真昆布がだし文化の中心となり、薄味ながらも深い旨味を持つ京風料理や、塩昆布、とろろ昆布といった加工品へと姿を変え、その消費を牽引したのである。
真昆布の採取は、かつては厳格なルールのもとで行われていた。たとえば大正から昭和初期の尾札部村漁業組合の記録によれば、毎年7月20日を解禁日とし、3人の大旗持と10人の小旗持が海の状況を判断し、旗やラッパの合図で採取の開始と終了を統制したという。 天候や海の透明度、波の穏やかさが採取の必須条件であり、漁師たちはマッカや鎌といった道具を使い、2年目の大きく育った昆布を慎重に搦め採っていたのだ。 このように、長きにわたり昆布は自然の恵みを享受しつつ、人の手によってその資源が守られ、文化として継承されてきたのである。
「天然の真昆布はもう獲れないのか」という問いに対し、現状は非常に厳しいと言わざるを得ない。2014年を最後に天然真昆布の豊作は途絶え、それ以降、漁獲量は年々減少の一途を辿っている。 特に、かつて主産地であった南茅部地域では、2021年、2022年と連続して天然昆布の漁がない浜も存在した。 2024年の生産量予想では、白口浜真昆布の主要6浜のうち、臼尻地区を除くほとんどの浜で天然元揃真昆布の収穫が「ゼロ」と予測されており、全体でもわずか6トンと、10年前の5%程度にまで落ち込んでいるのが実情である。
この壊滅的な不漁には、複数の要因が複雑に絡み合っている。最も顕著なのが「磯焼け」と呼ばれる現象だ。無計画に放流された稚ウニが海藻類を食い荒らし、海底から昆布の森が失われている。 本来、昆布の森は小魚の隠れ家となり、多様な海の生態系を支える役割を担っていたが、磯焼けによって海底は黒いウニばかりが目立つ不毛な状態となっているのだ。
また、地球温暖化に伴う海水温の上昇も原因の一つとして挙げられる。北海道大学の研究チームは2019年に、日本の主要な昆布11種が2090年までに分布域を北上させ、一部の種は日本海域から消失する可能性を指摘している。 さらに、台風などの異常気象による高波も昆布の生育に悪影響を与えている。
昆布の成長には、陸からの栄養分も不可欠である。真昆布の産地である道南の噴火湾周辺は山に囲まれており、秋に落葉樹の葉が落ち、腐葉土となって海に運ばれることで、昆布の栄養源となるリンや窒素が供給される。過去には、ニシン漁のために落葉樹が伐採され常緑樹に植え替えられた江差地域で、海中の栄養分が減少し昆布が育たなくなったという事例も報告されている。 海と陸のつながり、そしてそのバランスが崩れることで、天然の真昆布は危機的な状況に追い込まれているのだ。
天然真昆布の漁獲量が激減する一方で、その供給を支えているのが養殖昆布である。昆布の養殖は、昭和40年代に北海道区水産研究所の指導のもと、旧南茅部町で一年ものの促成昆布養殖が成功したことに始まる。 昭和44年には本格的な養殖事業が開始され、生産量は飛躍的に増大した。現在、南茅部地区では昆布生産量の9割以上を養殖が占めるまでになっている。
養殖昆布には、1年で収穫する「促成昆布」と、2年かけて育てる「二年養殖昆布」がある。 養殖は、成熟した天然昆布から胞子を採取し、陸上の施設で種苗を培養した後、沖合の養殖施設で育成する。 養殖昆布の漁師は、海に浮かぶブイを「畑」と呼び、ロープに種苗を付けて育てる。 これにより、天然物の漁獲量に左右されずに安定した生産が可能となり、漁業者の収入安定に大きく貢献してきた。
しかし、養殖もまた課題を抱えている。養殖昆布は、天然物と比較して表面に付着物が多く、水揚げ後に一枚一枚手作業で洗浄する必要があるため、漁師の作業負担は大きい。 さらに、近年では二年養殖真昆布の栽培失敗事例が多発し、促成真昆布の種苗生産にも問題が生じるなど、養殖自体も不安定さを見せ始めている。 最も根本的な問題は、養殖昆布の種苗が天然真昆布から採取されることが多いため、天然物が完全に枯渇すれば養殖も不可能になるという連鎖的な危うさである。
他の昆布と比較すると、例えば利尻昆布の養殖も行われているが、その方法は真昆布とは異なる場合もある。しかし、天然資源の減少という根本的な課題は共通しており、いかに持続可能な形で昆布を生産していくかは、すべての産地にとって喫緊の課題となっている。天然資源の枯渇が養殖の存続に直結するという事実は、私たちが海と向き合う上での根源的な問いを突きつける。
天然真昆布の不漁が常態化する中、産地では様々な模索が続いている。函館市南茅部地区では、漁業協同組合と市が連携し、「昆布の里・南かやべの『函館真昆布』を未来へ繋ぐプロジェクト」を進めている。 このプロジェクトでは、天然昆布資源の回復を目指し、種苗放流や雑海藻の駆除、母藻の設置といった直接的な資源管理に取り組む。同時に、養殖昆布の生産安定化を図るための基盤整備も進められている。
さらに、未来を見据えた取り組みとして「海洋STEAM教育」が導入されている。南茅部地区の小学校では、漁協や学術研究機関と連携し、前浜学習や食育授業を通じて、子どもたちが海の多様性や海洋環境の変化、昆布の生産・流通について学ぶ機会を提供しているのだ。 これは、単に漁獲量を増やすだけでなく、次世代が海の恵みを守り、活用していくための意識を育むことを目的としている。
また、養殖昆布の成長過程で吸収される二酸化炭素(ブルーカーボン)をクレジットとして認証し、その収益を天然藻場の再生や養殖昆布の安定生産に活用する試みも始まっている。 これは、昆布漁業が環境保全にも貢献できる可能性を示唆するものだ。しかし、現場では漁業者の高齢化や後継者不足といった問題も抱えており、重労働である昆布漁を次世代へと繋ぐための課題は依然として大きい。 天然物が減り、養殖への依存度が高まる中で、いかにして昆布漁業の持続可能性を確保していくか、産地は今、大きな転換期を迎えている。
「真昆布はもう獲れない」という言葉は、天然資源の枯渇という現実を厳しく突きつける。しかし、それは同時に、私たちと海の恵みとの関係性を再考する機会を与えているとも言えるだろう。かつては当たり前のように豊富であった天然真昆布が、今やごくわずかしか手に入らない「希少品」となった。この変化は、私たちが消費する昆布の多くが、人の手によって育てられた養殖であるという事実を浮き彫りにする。
この状況は、天然と養殖という区別そのものの意味を問い直す。養殖は、天然資源の保護と安定供給という点で重要な役割を担っているが、その種苗が天然に依存している限り、完全な自立とは言えない。また、養殖が天然の海域の栄養バランスに与える影響や、磯焼け対策としてのウニ駆除の難しさなど、依然として多くの課題が残されている。
真昆布の物語は、単なる食材の供給問題に留まらない。それは、豊かな海の生態系が崩壊しつつある現状、そしてそれに対する人間の介入と責任、さらには自然と共生する食文化のあり方そのものを示唆している。昆布は、ただの出汁の材料ではなく、海と山、そして人々の暮らしが織りなす複雑な関係性の象徴なのだ。この事実を認識し、目の前の一枚の昆布から、その背景にある海の物語を読み解く視点を持つことが、いま私たちに求められているのではないだろうか。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。