2026/6/8
福井県初のブランド地鶏「福地鶏」は卵も肉も美味しいって本当?

福井の地鶏・ブランド鶏について知りたい。
キュリオす
福井県は、卵と肉の両方の品質を追求したブランド地鶏「福地鶏」を開発しました。過去の「越前地鶏」の教訓を活かし、約3年の歳月をかけて誕生した福地鶏は、濃厚な赤玉卵と、ほどよい歯ごたえの肉が特徴です。平飼いでのびのびと育てられ、県産飼料米を配合した飼料でじっくりと飼育されています。
福井の食文化を語る上で、越前ガニやコシヒカリといった名産はよく知られている。しかし、その豊かな自然の中で育まれる食の多様性は、まだ見過ごされがちな領域を持つ。例えば、鶏肉と卵。日常の食卓に欠かせないこれらの食材において、福井が独自の道を歩んできたことは、あまり知られていないのではないか。なぜ福井は、卵と肉、その両方の品質を追求する地鶏を生み出すに至ったのか。その背景には、地元の食文化と、品種改良にかけた長い年月がある。
福井県における地鶏開発の歴史は、比較的近年まで試行錯誤の連続であった。かつて「越前地鶏」という名で、シャモと名古屋コーチン、ホワイトロックの交配種が飼育されていた時期がある。しかし、この越前地鶏は、肉の旨みは評価されたものの、肥育期間の短さからくる歯ごたえの不足が、県内の消費者の嗜好と合致しなかったという。加えて、生産・流通コストの高さが収益性を圧迫し、結果として定着には至らなかった経緯があるのだ。
この経験を踏まえ、福井県は新たな地鶏の開発に着手する。2014年、福井県畜産試験場が中心となり、卵も肉も高品質な「福地鶏(ふくじどり)」の育種が始まった。 そのルーツは、福井市内の養鶏農家・上道正冨氏が50年以上にわたり改良を重ねてきた産卵能力の高いロードアイランドレッド系の「ウエミチレッド」の雄と、独立行政法人家畜改良センター岡崎牧場で育種開発された純国産の卵肉兼用種「岡崎おうはん」の雌との交配にある。 約3年の歳月をかけて開発は進み、2017年には卵の初出荷、翌2018年には肉の供給が開始された。 このように、福地鶏は過去の反省と、地域に根ざした独自の育種技術、そして現代の科学的アプローチが融合して生まれた、福井県初のブランド地鶏なのである。
福地鶏の最大の特徴は、卵と肉、その両方で高い品質を兼ね備えている点にある。これは全国的にも珍しいとされる卵肉兼用種としての特性だ。 卵は「赤玉卵」として知られ、甘みが強く濃厚で、黄身は箸でつまめるほどの弾力を持つ。 臭みが少なく、卵が苦手な人でも食べやすいという評価もある。 一方、肉はほどよい歯ごたえがあり、噛むほどに濃厚な旨みが広がると評される。
この卵と肉の品質を支えるのが、福地鶏の飼育方法である。福地鶏は、日本農林規格(JAS)が定める地鶏の基準に従い、「平飼い」で育てられる。これは、鶏がケージではなく、自由に動き回れる広い環境で飼育される方式だ。 鶏舎内は1平方メートルあたり6羽以下という収容密度が守られ、ストレスなく運動できる環境が確保されている。 飼育期間もブロイラーと比較して長く、じっくりと時間をかけて育てられることで、肉の締まりや旨み、弾力性が増すと考えられている。 また、飼料には県産飼料米を10%以上配合するなどの基準も設けられている。 このような手間と時間をかけた飼育法が、福地鶏の卵と肉、双方の質の高さを生み出す基盤となっているのだ。
日本全国には50種類以上の地鶏が存在し、それぞれが地域の特色を反映している。 例えば、秋田の比内地鶏や愛知の名古屋コーチンは、その豊かな風味と歯ごたえで「日本三大地鶏」として広く知られている。 これらの地鶏は、在来種の血を50%以上受け継ぎ、かつ平飼いなど特定の飼育方法が義務付けられている点で共通するが、その多くは肉用、あるいは卵用と、用途が特化されていることが多い。
福地鶏が他の地鶏と一線を画すのは、その「卵肉兼用」という特性だ。 一般的に、鶏は採卵用と食肉用で品種が分かれ、それぞれに特化した飼育が行われる。しかし福地鶏は、卵の品質と肉の品質の両方を高い水準で追求し、それを実現している。これは、福井県畜産試験場が、地元の食文化に根ざした「歯ごたえのある鶏肉」と「濃厚な卵」という二つのニーズに応えようとした結果であり、過去の越前地鶏が抱えていた「県内消費者の嗜好との不一致」という課題を克服するための試みでもあった。 他の地域の地鶏が、特定の肉質や風味を追求する中で、福地鶏は卵と肉の「両立」という、より複合的な価値を提示していると言えるだろう。
福地鶏は、福井県内で着実にその存在感を高めているものの、いくつかの課題も抱えている。その一つが、肉の供給量の不安定さである。 福地鶏の雌鶏は産卵能力が高く、450日齢を超えても産卵成績が低下しないため、農家は肉としての出荷を見送り、卵の生産を続ける傾向にある。このため、福地鶏の肉は希少性が高く、その美味しさが県外に広く知られるまでには至っていないのが現状だ。
こうした状況に対し、生産者側では「6次産業化」への取り組みが進められている。例えば、あわら市の黒川産業では、規格外の卵や肉を有効活用するため、プリンやエッグタルト、シフォンケーキなどの加工品開発に挑戦している。 また、キッチンカーを運営し、福地鶏の焼鳥を卵でとじた親子丼やプリンなどを販売することで、消費者への直接的なアピールも行っている。 北陸新幹線の福井県内延伸に伴い、福地鶏肉への需要も高まっていることから、年間約5千羽発生する雄鶏の食肉利用についても研究が進められており、120日齢前後での出荷が適期であると示唆されている。 これらの取り組みは、単なる食材の生産に留まらず、加工、流通、販売までを一貫して手掛けることで、福地鶏の価値を最大化し、安定的な供給と認知度向上を目指すものと言える。
福井の地鶏「福地鶏」の物語は、単なる食のブランド化に留まらない。それは、地域の食文化や消費者の嗜好を深く理解し、過去の経験から学び、品種改良という時間を要する営みに投資し続けてきた結果である。卵と肉、二つの価値を追求するその姿勢は、特定の特性に特化する他地域の地鶏とは異なる、福井独自の「食」への視点を提示している。
生産者と研究機関が連携し、飼育環境の改善や加工品の開発、雄鶏の食肉利用といった多角的なアプローチで、福地鶏の可能性を広げようとする動きは、現代における地域ブランドのあり方を示唆する。それは、単に「美味しい」という感覚的な価値だけでなく、その土地の歴史、人々の知恵、そして未来への展望が凝縮された、具体的な産物なのである。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。