2026/7/2
「但馬玄」はなぜマグロのような食感?上田畜産が辿った「牛の健康」への探求

上田畜産と但馬玄について詳しく教えて欲しい。
キュリオす
兵庫県但馬地方で「但馬玄」を育てる上田畜産。牛の健康を第一に考えた独自の飼料開発と飼育方法により、口どけの良い上品な甘みを持つ牛肉を生み出した。その秘密は、牛の体調を最優先した「餌革命」にあった。
但馬の山懐、牛が語る物語
兵庫県北部の但馬地方に足を踏み入れると、深い山々と清らかな水が織りなす風景が広がる。この地で古くから育まれてきた「但馬牛」は、日本の和牛の源流とも称される存在だが、近年、その但馬牛の中から「但馬玄(たじまぐろ)」という、ひときわ異彩を放つ銘柄が注目を集めている。この「但馬玄」を育むのが、香美町に拠点を置く上田畜産である。なぜ、この山深い地で、これほどまでに特別な牛が生まれたのか。そして、「玄」という名が示す「玄人」の技とは、一体どのようなものなのだろうか。その問いの根底には、牛と人、そしてこの土地が紡いできた、長い歴史と独自の試行錯誤の物語が横たわっている。
黒毛和牛の源流、但馬の牛の歩み
但馬地方と牛との関わりは、平安時代にまで遡る。当時の書物には、但馬牛が農耕や運搬、さらには食用に適していたことが記されており、古くからこの地で良質な牛が飼育されてきた様子がうかがえる。 但馬地方は、急峻な山々に囲まれ、平野が少ない地形のため、小柄ながらも力強く、忍耐力のある但馬牛は、狭い棚田での農作業や物資の運搬に不可欠な存在であった。
戦国時代には、豊臣秀吉が大阪城築城の際に全国から牛を集めた中で、但馬牛がおとなしい性格とパワフルな働きぶりで秀吉に絶賛されたという逸話も残されている。 しかし、日本で牛肉が一般的に食されるようになるのは、江戸時代末期、ペリー来航をきっかけとした文明開化以降のことである。 それまで役牛としての役割が主だった但馬牛は、この頃から肉用としての価値も高めていくことになる。
但馬牛の血統が今日まで純粋に保たれてきた背景には、この地域の地理的条件が大きく影響している。険しい山々が外部との交流を妨げたため、但馬地方の牛は他地域の牛との交配が限定され、結果として独自の血統が守られてきたのだ。 明治時代には、日本初の牛籍簿が整備され、一頭ごとの血統管理が徹底されたことも、その純血性を維持する上で重要な役割を果たした。
そして、近代和牛の歴史を語る上で欠かせないのが、1939年(昭和14年)に香美町小代区で生まれた名牛「田尻号」である。この「田尻号」は肉質に関する遺伝的能力に優れ、その子孫は全国の黒毛和牛の99.9%を占めると言われている。 「全ての和牛は但馬に通ず」という言葉は、この「田尻号」の存在によって裏付けられているのだ。但馬牛は、神戸ビーフや松阪牛、近江牛といった名だたるブランド牛の「素牛」、つまりルーツとして、日本の和牛改良の中心であり続けてきた。
上田畜産の歴史は、上田秋栄氏が十勝の地で1969年(昭和44年)に家畜商として肉牛経営を開始したことに始まる。その後、息子の愉逸氏が事業を拡大し、現在の経営基盤を築いた。 現在の代表である上田伸也氏は、高校卒業後、1990年(平成2年)に12頭の母牛から繁殖経営をスタートさせる。 彼は牛だけで生計を立てることを目標に、飼育頭数を増やしていったが、その過程で大きな転機を迎えることになる。
但馬玄を生んだ「牛ありき」の探求
「但馬玄」が特別な存在として確立されたのは、上田畜産が長年にわたる試行錯誤の末にたどり着いた独自の飼育方法と、ある危機的状況が契機となっている。 上田伸也氏は、12頭の繁殖牛から経営を始めた後、順調に規模を拡大していったものの、ある時期に牛舎内で原因不明の疾病が蔓延し、経営は危機に瀕したという。 ほとんどの牛が弱っていく中、唯一健康を保っていたのは、試験的に与えていた国産の副産物飼料を食べていた12頭の牛たちだった。
この経験が、上田氏に「牛の健康」こそが最重要であるという確信をもたらした。 彼は、従来の配合飼料から大きく転換し、牛の健康を第一に考えた「餌革命」に着手する。 10年以上の歳月をかけて開発された独自の飼料は「セサミヘルスフィード」と名付けられ、そば、ごま、あわ、米ぬか、きな粉といった天然由来の素材を主軸に、非遺伝子組み換えのトウモロコシなどを独自配合したものだ。 一般的な和牛の肥育では穀物を7~8割与えるのが通例とされるが、但馬玄では穀物の割合を3割程度に抑えているという。
この飼料の最大の特長は、牛の体内では生成できない必須アミノ酸を豊富に含み、脂質に不飽和脂肪酸やオメガ3脂肪酸を多く含有させる点にある。 結果として、但馬玄の脂は、一般的な但馬牛の融点が約25℃であるのに対し、約12℃という非常に低い温度で溶け出す。 この口の中でとろけるような食感と、あっさりとした上品な甘みが、まるでマグロの大トロのようであることから、「但馬玄(たじまぐろ)」と名付けられたのだ。 「玄」には、但馬牛を育てる「玄人」の技が込められているという意味も含まれている。
飼料だけでなく、飼育環境にも徹底したこだわりが見られる。上田畜産では、牛にストレスを与えないことを重視し、広々とした牛舎で、牛の性格を見極めて仲の良い牛同士を集めて飼育している。 鼻輪をつけないのも、牛のストレス軽減のためだという。 夏場には、妊娠中の母牛を近隣のスキー場のゲレンデで放牧することもある。 これは、牛の運動不足解消とストレス軽減に繋がり、同時にスキー場の夏場の雑草対策にもなるという、地域と共生する仕組みである。 牛舎の床には、牛の糞とおが粉を混ぜて発酵させた「戻し堆肥」を利用し、牛舎全体を体に優しい菌で満たすことで、牛の病気を抑制する環境が作られている。
さらに、上田畜産は「繁殖」「肥育」「加工」「販売」までを一貫して自社で行う「完全一貫生産」体制を確立している。 これは、繁殖農家と肥育農家が分業することが一般的な畜産業界において、極めて稀な取り組みである。 一貫生産により、全ての工程で牛の状態に目が届き、生まれた子牛から出荷されるまで、一貫した品質管理と愛情を注ぐことが可能となる。 この体制によって、牛の健康を追求し、結果として消費者に安心で高品質な牛肉を届けるという信念が貫かれているのだ。
他の和牛との比較が示す独自性
日本の和牛は、そのきめ細やかな霜降りと独特の風味で世界的に評価されているが、その中でも但馬玄は際立った特徴を持つ。一般的に、神戸ビーフや松阪牛といった有名ブランド牛の多くは、但馬牛を素牛としている。 神戸ビーフもまた、兵庫県内で生まれ育った但馬牛の中から、肉質等級や脂肪交雑(BMS値)など、厳しい基準をクリアしたものだけが名乗ることを許される称号である。 つまり、全ての神戸ビーフは但馬牛だが、全ての但馬牛が神戸ビーフになれるわけではない。
このようなブランド牛の世界において、但馬玄が提示する価値観は、既存の評価軸とは一線を画していると言える。一般的な和牛の評価基準では、脂肪交雑の度合い、いわゆる「サシ」の入り具合が重要視され、A5ランクといった格付けが品質の指標とされることが多い。しかし、上田畜産は「格付けにはこだわっていない」と明言している。 もちろん、但馬玄の多くはA5ランクや神戸ビーフの基準を満たす品質を持つものの、彼らが追求するのはあくまで「牛の健康」と「消費者が美味しいと感じる肉質」である。
但馬玄の最大の特徴である融点の低い脂は、時として格付けには不利に働くこともあるという。融点が低すぎると、屠畜から格付け審査までの間に脂が冷えきらず、サシがきれいに浮き出ない場合があるからだ。 それでもこの脂質にこだわるのは、あっさりと食べやすく、胃もたれしにくいという、これまでの霜降り肉にはなかった新たな価値を提供したいという上田氏の思いがある。 実際、但馬玄の脂は不飽和脂肪酸の割合が約70%と非常に高く、すき焼きの翌日に鍋の煮汁の脂が白く固まらないほどだという報告もある。 これは、従来の和牛が持つ「濃厚さ」とは異なる、「軽やかさ」という新たな風味軸を提示していると言えるだろう。
また、長期肥育も但馬玄の特筆すべき点である。一般的な和牛の飼育期間が28〜30ヶ月ほどなのに対し、但馬玄の中には40ヶ月以上肥育されるものもある。 長期肥育は、赤身の旨味成分であるアミノ酸、特にグルタミン酸やアラニンを増加させ、赤身そのものの味わいを深くする効果がある。 これは、脂の美味しさだけでなく、赤身の濃密な旨味も同時に追求していることを意味する。多くの和牛がサシの量で勝負する中で、但馬玄は脂の「質」と赤身の「旨味」という、多角的なアプローチでその価値を高めているのである。
いま、但馬の山里に息づく「玄」の循環
上田畜産が育む但馬玄は、現在、兵庫県香美町の三つの牧場に約800頭を擁し、年間約300頭が出荷されている。 その肉は、一般の市場にはほとんど流通せず、主に契約する精肉店やレストラン、そして上田畜産が運営する直売店「牛匠上田」やオンラインショップを通じて消費者に届けられている。 特に、城崎温泉にある「いろりダイニングMIKUNI」は、但馬玄の誕生と同時期にオープンした専門レストランとして、その魅力を発信してきた。
上田畜産は、牛舎の衛生管理にも力を入れている。牛舎の床に敷く敷料には、牛の糞とおが粉を混ぜて発酵させた戻し堆肥を使用することで、牛舎内を優しい菌で満たし、牛を病気から守るという。 これは、健康的な餌を食べ、健康的な糞を出し、それが体に優しい土として戻ってくるという、牧場内での見事な循環を生み出している。 このような自然回帰に寄り添った飼育方法は、牛の健康だけでなく、持続可能な畜産経営を目指す上田畜産の理念を体現していると言える。
また、上田畜産は従業員の労働環境改善にも積極的だ。畜産業界では珍しい完全週休2日制を導入し、自然や動物と触れ合う仕事の楽しさ、ものづくりの面白さを実感できる環境づくりを目指している。 これは、次世代の担い手が不足しがちな畜産業において、持続可能な経営を実現するための重要な視点である。若い世代が生き生きと畜産に取り組めるような環境を整えることは、但馬玄というブランドの未来を支える基盤となるだろう。
但馬牛の飼育システムは、2023年に国内の畜産部門で初めて国連食糧農業機関(FAO)による「世界農業遺産」に認定された。 これは、但馬の地形が育んだ純粋な血統と、地域資源を活用した循環型農業が、歴史的にも現代的にも重要であると国際的に認められたことを意味する。 上田畜産の取り組みは、この世界農業遺産に認定された但馬牛システムの現代における進化形とも言えるだろう。彼らの「牛の健康を第一に考えた結果、人の体にも優しい牛肉が生まれた」という姿勢は、単なる高級食材の生産に留まらない、食と環境、そして生命のあり方に対する問いを投げかけている。
格付けを超えた牛肉の価値
上田畜産と但馬玄の物語は、単に優れた牛肉がどのように作られるかという技術的な側面だけにとどまらない。それは、現代の食肉産業が直面する課題に対し、どのような価値観で向き合うべきかという問いを投げかけている。多くの和牛が脂肪交雑、すなわち「サシ」の量で評価される中で、但馬玄は脂の「質」と赤身の「旨味」を追求し、あっさりとした口当たりと深い味わいを両立させている。このアプローチは、消費者の嗜好が多様化し、健康志向が高まる現代において、新たな牛肉の価値観を提示していると言える。
彼らが「格付けにはこだわらない」と語る姿勢は、効率性や市場原理にのみ従うのではなく、牛の生命と真摯に向き合い、その土地と文化の中で培われた「玄人」の技を継承し、さらに進化させようとする矜持の表れではないだろうか。 但馬玄の脂が低い温度で溶け出すという科学的な事実の背後には、牛の健康を第一に考え、飼料や飼育環境に細部にわたる工夫を凝らしてきた、上田畜産の弛まぬ努力と信念が存在する。
但馬牛が日本の和牛のルーツとして、多くのブランド牛の血統を支えてきたという歴史を踏まえると、但馬玄の登場は、その但馬牛の新たな可能性を切り開く試みと捉えることもできる。それは、古くから受け継がれてきた伝統の上に、現代的な知見と探求心を重ね合わせることで、また一つ、この地の牛が新たな価値を生み出した証左と言えるだろう。牛肉の味わいは、単なる脂肪の量や等級だけで決まるものではなく、その牛がどのように育ち、どのような理念のもとで生産されたかという、見えない物語によっても形作られる。但馬玄は、そのことを静かに語りかけてくる存在である。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 但馬牛のルーツ | ミートマイチクmeat-maichiku.co.jp
- 但馬牛:日本のブランド牛の原点 | 大阪神戸牛 五天五・牛丸will-food.com
- 和牛のルーツ「但馬牛」とは? その歴史とおいしさの秘密に迫る-ルアンマガジンvmg.co.jp
- 神戸牛・但馬牛について | 大井肉店 , 神戸牛・鹿の仔牛専門店oi-nikuten.co.jp
- 但馬牛:日本のブランド牛の原点 | 大阪神戸牛 五天五・牛丸will-food.com
- ブランド和牛のルーツは但馬にあり!【但馬牛】 | 豊岡市観光公式サイトtoyooka-tourism.com
- lin.gr.jpliaj.lin.gr.jp
- 但馬玄(たじまぐろ)とは|但馬玄(たじまぐろ)の上田畜産|牛匠上田 公式サイトgyusho-ueda.co.jp