2026/6/8
彌彦神社で日本鶏が飼われる理由と、その鳴き声の秘密

そういえば彌彦神社に日本古来の鶏が沢山飼われていた。なぜあんなに鶏が飼われているのか?また、それぞれの鶏について知りたい。
キュリオす
彌彦神社では、神話に由来する鶏への敬意と、天然記念物である蜀鶏などの在来種を守る目的で鶏が飼育されている。その美しい鳴き声は、日本の生物多様性と文化を伝える。
日本の神話において、鶏は特別な存在として位置づけられてきた。最も有名なのは「天の岩戸神話」だろう。太陽の神である天照大御神が岩戸に隠れ、世界が闇に包まれた際、八百万の神々は知恵を絞り、常世の長鳴鳥(とこよのながなきどり)、つまり鶏を一斉に鳴かせたという。その声が夜明けを告げ、天照大御神を岩戸から誘い出すきっかけとなり、世界に再び光が戻ったのだ。 この神話に由来し、鶏は「神の使い」あるいは「光を呼ぶ存在」「新しい始まりの象徴」として、古くから神道と深い縁を持つ動物とされてきた。
越後一宮である彌彦神社は、二千四百年以上の歴史を持つ古社であり、万葉集にもその名が詠まれている。 御祭神は越後開拓の祖神とされる天香山命(あめのかごやまのみこと)で、この地の産業や文化の礎を築いたと伝えられている。 神社が鶏を飼育するようになった直接の契機は、昭和33年(1958年)にまで遡る。新潟県原産の天然記念物である「蜀鶏(とうまる)」の保存会からの要請を受け、参拝者の多い彌彦神社に鶏舎が設けられ、その保護と育成、そして展陳が始まったのだ。 これは単なる偶然ではなく、神話に根ざした鶏への敬意と、失われゆく在来種を守ろうとする人々の思いが重なった結果と言えるだろう。
彌彦神社で飼育されている鶏たちの中心となるのは、新潟県が誇る天然記念物「蜀鶏」である。 この蜀鶏は、高知県の東天紅(とうてんこう)、秋田県の声良(こえよし)とともに「日本の三大長鳴鶏」の一つに数えられ、その名の通り長く、そして美しい声で鳴くことで知られている。 特に蜀鶏の鳴き声は「オペラ歌手のようなテノールボイス」と形容され、その優雅な響きは訪れる人々を魅了する。 漆黒の羽を持つ個体が多いが、さらに希少な白い蜀鶏も飼育されているという。
これらの長鳴鶏が持つ特徴は、単に鳴き声の長さだけではない。古くから時の到来を告げる鳥として、その鳴き声は神聖視されてきた。彌彦神社では、この蜀鶏をはじめ、東天紅など他の貴重な在来種も保護・育成し、一般に公開している。 その目的は、日本の固有種であるこれらの鶏が、戦後の食糧難などの影響で一時は絶滅の危機に瀕した歴史を持つため、その系統を未来へと繋ぐことにある。 鶏舎の運営は、単なる動物の飼育を超え、文化財としての生物多様性を守るという側面を強く持っているのだ。
日本の神社と鶏の関係は、彌彦神社に限ったものではない。伊勢神宮の内宮境内では「神鶏」と呼ばれる鶏が放し飼いにされており、神の使いとして大切にされている。 また、仙台の大崎八幡宮や山口の忌宮神社、熊本の青井阿蘇神社など、境内で鶏を見られる神社は各地に存在する。 これらの多くは、鶏が神の使いであるという共通の認識に基づいている。神社の入口に立つ「鳥居」の語源が「鶏の止まり木」であるという説も、鶏が古くから神聖な存在として認識されてきた証左だろう。
しかし、彌彦神社の鶏舎は、他の多くの神社とは異なる特徴を持つ。それは、単に神使として鶏を飼育するだけでなく、国の天然記念物に指定された複数の在来種を体系的に保護・育成し、一般に展陳している点にある。 全国的に見ても、これほど多様な天然記念物指定の日本鶏を一堂に集め、その姿や鳴き声を間近で体験できる施設は稀有な存在だと言われる。 また、栃木県の鷲宮神社のように「境内で鶏肉や卵を食すべからず」という習わしを持つ神社もあり、特定の神様と鶏との深い結びつきを示す例も存在する。 彌彦神社の場合、神話的背景と在来種保護という二つの側面が、鶏舎の存在意義をより多層的なものにしている。
現在の彌彦神社の境内、鹿苑の隣には「日本鶏舎」が設けられている。 ここでは、訪れる参拝者がガラス越しに、様々な日本鶏の姿を観察できる。特に毎年5月4日と5日には、全国の愛鶏家が丹精込めて育てた長鳴鶏を持ち寄り、その姿の美しさや鳴き声の長さを競う「日本鶏品評会」と「長鳴鶏鳴き合わせ会」が開催される。 この催しは、半世紀以上の歴史を誇り、県内外から多くの愛好家や観光客が集まる。
鳴き合わせ会では、出品された蜀鶏などが特設の台に置かれ、その長い美声を披露する。最長で20秒以上にわたって鳴き続ける鶏もおり、そのたびに観客からは歓声が上がるという。 このような品評会は、単なる娯楽に留まらず、希少な日本鶏の品種維持と、その飼育技術や文化を次世代へと継承していくための重要な場となっている。愛好家の高齢化といった課題も指摘されるなか、若い世代が品評会に参加し、鶏への愛情を育む姿も見られる。 彌彦神社は、神聖な場所としてだけでなく、こうした日本の伝統文化を支える拠点としての役割も担っているのだ。
彌彦神社に多くの日本古来の鶏が飼育されているのは、単に動物園的な展示のためではない。そこには、日本神話に由来する鶏への根源的な敬意と、失われゆく日本の在来種を守り伝えようとする具体的な活動が息づいている。鶏たちは、天照大御神を岩戸から呼び出した「光の使者」であり、新しい一日、新しい始まりを告げる存在として、弥彦の地で今もその役割を担っている。
境内の鶏舎で耳にする長鳴鶏たちの声は、単なる鳥の鳴き声ではない。それは、遠い神代の昔から続く神と人との関わり、そして日本の文化が培ってきた生物多様性への眼差しを、現代に生きる私たちに静かに伝えている。その鳴き声が、訪れる人々に何かしらの気づきや、日常の喧騒から離れた清々しい感覚をもたらすのは、鶏たちが持つ象徴性と、神社が守り続ける「生きた文化」の証左と言えるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。