2026/6/12
京都丹後鉄道、観光列車とキャッシュレス決済で地域を繋ぐ

京都丹後鉄道について詳しく教えてほしい。今、いろんな施作をやっている。
キュリオす
京都丹後鉄道は、上下分離方式の導入や観光列車「丹後くろまつ号」などの運行、Visaタッチ決済の導入により、地域住民の生活と観光客の誘致を両立させる新たな取り組みを進めている。
由良川を渡る赤褐色の鉄橋
京都府北部の丹後地域を走る京都丹後鉄道、通称「丹鉄」。日本三景の一つ、天橋立を抱えるこの地域で、由良川に架かる赤褐色の由良川橋梁を列車が渡る姿は、多くの旅人の記憶に残る光景だろう。水面からわずか3メートルほどの高さで走行するため、まるで水上を走っているかのような錯覚を覚えるという。しかし、この風光明媚な鉄道は、単なる観光路線にとどまらない。地域住民の生活の足として、そして地域の活性化を担う存在として、多様な施策を展開しているのだ。なぜこの鉄道は、これほどまでに地域に深く関わり、独自の道を歩んでいるのか。その背景には、ローカル鉄道が抱える共通の課題と、それを乗り越えようとする試行錯誤の歴史がある。
鉄道が地域に繋がった道筋
京都丹後鉄道の歴史は、宮福線と宮津線という二つの異なる路線の成り立ちに端を発する。まず、宮福線は、京都府北部と京阪神地域を短絡する目的で、1982年(昭和57年)に第三セクターの「宮福鉄道株式会社」として設立された。その後、1988年(昭和63年)7月16日に福知山駅から宮津駅間が開業している。この路線は、当初から地域経済の活性化に貢献することが期待されていた。
一方の宮津線は、さらに古い歴史を持つ。1904年(明治37年)に舞鶴まで鉄道が開通した後、1932年(昭和7年)8月10日には舞鶴から豊岡間が全線開通し、丹後地方の主要な交通網として機能していた。しかし、この宮津線は、国鉄再建法によって1981年(昭和56年)に廃止対象路線に指定される事態に直面する。年間約30億円もの赤字を抱え、輸送密度が基準を下回ったためだ。
この廃止の危機に対し、沿線住民は鉄道存続を強く願い、地域を挙げた乗車運動や要望活動が展開された。その結果、宮福鉄道株式会社が宮津線の運営を引き受けることになり、1989年(平成元年)8月1日に社名を「北近畿タンゴ鉄道株式会社(KTR)」へと変更する。そして、1990年(平成2年)4月1日から宮津線もKTRによって一体的に運営されることになったのだ。 こうして、KTRは宮福線(宮津・福知山間30.4km)、宮舞線(宮津・西舞鶴間24.7km)、宮豊線(宮津・豊岡間58.9km)の3路線、全長114kmを運営する鉄道会社となった。
しかし、少子高齢化やモータリゼーションの進展は、KTRの経営環境を厳しくしていった。利用者は1993年(平成5年)のピークから徐々に減少し、2000年代にはいよいよ経営の抜本的な改革が求められるようになる。 そこで、2015年(平成27年)4月1日からは、鉄道施設の保有・管理を北近畿タンゴ鉄道が担い、列車の運行を高速バス事業などを手掛けるウィラーグループの新会社「WILLER TRAINS株式会社」が行う「上下分離方式」が導入された。 このとき、WILLER TRAINS株式会社が運行する鉄道の愛称として「京都丹後鉄道(丹鉄)」が誕生したのである。 この上下分離方式は、民間のノウハウやアイデアを活用し、運行に専念した自由な経営を可能にすることで、利用促進や経営改善を図ることを目的としている。
観光と地域を繋ぎ直す施策
京都丹後鉄道が現在展開する多様な施策は、「移動する手段」だけに留まらない鉄道の新たな価値創造と地域活性化を目指すという経営ビジョンに基づいている。 その中心にあるのが、三種類の観光列車「丹後くろまつ号」「丹後あかまつ号」「丹後あおまつ号」だ。 これらの列車は、日本三景・天橋立に代表される日本海の白砂青松を象徴する「松」をテーマに、著名なデザイナーである水戸岡鋭治氏がデザインを手がけている。
「丹後くろまつ号」は、丹後地域の食材をふんだんに使った食事やスイーツを楽しめるレストラン列車として、特別な体験を提供している。 車内は天然木が贅沢に使われ、まるで動くダイニングルームのような空間だという。 「丹後あかまつ号」は、由良川橋梁や奈具海岸といった沿線の絶景をゆったりと楽しめるカフェ車両であり、一方の「丹後あおまつ号」は、通常運賃で気軽に利用できる自由席車両として、より多くの利用者が観光列車の雰囲気を味わえるように配慮されている。 これらの観光列車は、単に美しい景色を提供するだけでなく、地元の食材を活かしたメニューや沿線の観光名所と連携することで、地域全体への誘客を促す役割も担っている。
また、京都丹後鉄道は、最新のテクノロジーを活用した利便性向上にも積極的だ。MaaS(Mobility as a Service)アプリによるQRコード決済や、Visaのタッチ決済を鉄道としては日本でいち早く導入したことで知られる。 これにより、外国人観光客を含め、誰もが切符の購入に手間取ることなくスムーズに鉄道を利用できるようになった。 さらに、沿線にある道の駅と提携し、地元の農産物などを鉄道で運ぶ「貨客混載事業」も展開している。 これは、農業振興と地域活性化を目的とした取り組みであり、生産者、道の駅、そして鉄道の三者にメリットをもたらすものとされている。
これらの施策は、沿線の人口減少という厳しい現実の中で、鉄道が地域にとって不可欠な存在であり続けるための戦略だ。観光客を誘致して新たな需要を創出しつつ、地域住民の生活の足としてのサービスも維持するという、二つの側面を両立させようとしているのである。 例えば、高齢者が片道200円で普通・快速列車を利用できる「高齢者片道200円レール事業」は、地域住民の利用促進と移動支援に繋がっている。
地方鉄道の再生と異なる道筋
日本各地の地方鉄道は、人口減少やモータリゼーションの進展により、厳しい経営環境に置かれている。その中で、京都丹後鉄道が採用した「上下分離方式」と、運行事業者が民間企業であるWILLER TRAINS株式会社である点は、他の地方鉄道の再生事例と比較する上で特筆すべきだろう。
多くの第三セクター鉄道が、施設の老朽化や利用者減少による赤字に苦しむ中、上下分離方式は、インフラの維持管理費用を公的機関が負担することで、運行事業者がサービス向上や集客に注力できるというメリットがある。 例えば、北海道の道南いさりび鉄道や三陸鉄道なども第三セクターとして運営されているが、京都丹後鉄道のように高速バス事業で実績のある民間企業が運行を担うケースは、当時としては珍しい試みであった。 WILLERグループは、高速バス事業で培ったインターネット予約システムや顧客ニーズに合わせたサービス企画のノウハウを鉄道運営に持ち込み、高速バスを身近な移動手段として定着させた経験を活かしているとされる。
観光列車を導入する動きは、全国の地方鉄道で見られる。JR九州の「ななつ星in九州」に代表されるような豪華列車から、各地域に特化したデザインや食事を提供する列車まで、多様な観光列車が運行されている。京都丹後鉄道の観光列車も、水戸岡鋭治氏のデザインを採用している点で共通性を持つ。 しかし、丹鉄の特徴は、単に豪華な列車を走らせるだけでなく、日常利用と観光利用のバランスを重視している点にある。観光列車だけでなく、地域住民の足となる普通列車にも力を入れ、ダイヤ改正によって運行間隔を等間隔に近づけるパターンダイヤを導入するなど、利便性向上に努めている。 加えて、MaaSアプリやタッチ決済といった先進的なキャッシュレス決済の導入は、大手鉄道会社に先駆けて行われたものであり、地方鉄道としては異例のスピード感でテクノロジーを取り入れていると言えるだろう。
また、地域との連携においても、単なる物産販売に留まらない独自の取り組みが見られる。例えば、クラウドファンディングを活用して駅構内にカフェを開設したり、沿線の歴史や文化に合わせた企画列車を運行したりするなど、地域住民を巻き込みながら「話題作り」に力を入れている点が特徴だ。 これは、鉄道が地域の「シンボル」としての役割を強く意識し、単なる交通手段ではなく、地域経済や社会活動の中心となることを目指す姿勢の表れと言える。
沿線に広がる新たな風景
京都丹後鉄道が運行を担ってから約10年が経過し、沿線の風景にはいくつかの変化が見られる。最も顕著なのは、観光客の増加とそれに伴う賑わいの創出だろう。天橋立駅をはじめとする主要駅では、駅舎のリニューアルが行われ、観光案内所の整備や駅前広場の改修が進められた。 特に、観光列車の運行は、沿線の観光地への誘客に大きく貢献している。 観光列車に乗車すること自体が旅の目的となるような体験を提供することで、リピーターの獲得にも繋がっているという。
また、地域住民の生活にも変化が生まれている。高齢者向けの割引制度や、鉄道とバスの接続を考慮したダイヤ設定など、地域全体の公共交通網を便利にするための取り組みが進められている。 京丹後市内では、Visaのタッチ決済やQRコード決済、スマホ定期券の導入により、これまで以上にスムーズな移動が可能になっている。 さらに、地域課題解決への貢献として、貨客混載事業や廃油回収、子ども向けの「たんてつこども新聞」発行など、鉄道の枠を超えた活動も展開されている。
しかし、地方鉄道が抱える根本的な課題が解決されたわけではない。沿線地域の人口減少は依然として続き、通勤・通学需要の減少は避けられない現実だ。 WILLER TRAINS株式会社の資料によると、乗車人員は2015年度以降減少傾向にあるものの、観光列車や駅のカフェなどによる「付加価値」の創出によって、売上高は維持、あるいは増加傾向にあるという。 これは、単なる輸送量に依存するのではなく、客単価を上げる経営戦略が一定の成果を上げていることを示している。
2024年からは宮津線が順次開業100周年を迎えるにあたり、京都丹後鉄道はこれを契機とした様々な記念事業を展開している。 記念ロゴの作成やサンリオキャラクターとのコラボレーションラッピング列車運行、地域イベントとの連携など、さらなる利用促進と地域活性化を目指している。 これらの取り組みは、鉄道が単なる移動手段ではなく、地域文化や観光のシンボルとしての役割を強化しようとする姿勢の表れと言えるだろう。
鉄道が紡ぐ地域の物語
京都丹後鉄道の取り組みを追っていくと、地方鉄道が単なる交通インフラではなく、地域を紡ぎ直す「物語」の担い手となり得る可能性が見えてくる。沿線住民の生活を支える「足」としての役割と、観光客を呼び込む「観光資源」としての役割。この二つの側面を両立させようとする丹鉄の挑戦は、多くの地方鉄道が直面する課題への一つの回答を示している。
上下分離方式の導入、民間企業による運行、そして観光列車の運行や先進技術の導入。これらの施策は、それぞれが独立したものではなく、地域全体を「高次元交通ネットワーク」として捉え、移動のストレスを軽減し、地域の魅力を最大限に引き出すという共通のビジョンに貫かれている。 鉄道を基軸としながらも、バスや小型モビリティ、レンタサイクルなど多様な交通手段との連携を図り、ICTを活用してシームレスな移動体験を提供しようとする考え方だ。
かつて、鉄道の開通は、地域の発展にとって「悲願」であった。 物資輸送や人の移動を飛躍的に効率化し、地域社会に大きな変革をもたらした。現代において、その役割は変化し、自家用車の普及や人口減少によって鉄道の存在意義が問われる時代となっている。しかし、京都丹後鉄道の挑戦は、鉄道が持つ「定時性」や「大量輸送」といった基本的な強みに加え、「体験」や「物語」といった付加価値を再構築することで、地域に新たな活力を生み出すことができることを示唆している。 鉄道は、単なる線路の上を走る乗り物ではなく、沿線の自然、歴史、食、そして人々の営みを結びつけ、未来へと繋ぐ媒介となり得るのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 北近畿タンゴ鉄道株式会社 – 第三セクター鉄道等協議会3sec-tetsudou.jp
- 京都丹後鉄道宮福線 - Wikipediaja.wikipedia.org
- pref.kyoto.jp
- 京都丹後鉄道宮津線開業100周年記念メモリアル動画を作成しました!/京丹後市city.kyotango.lg.jp
- WILLER TRAINS株式会社(京都丹後鉄道) – 京丹後のジョブなび | 京丹後市企業・就職サポートサイトkyotango-jobnavi.org
- 企業名/京都府ホームページpref.kyoto.jp
- 京都丹後鉄道(丹鉄)について/京都府ホームページpref.kyoto.jp
- 乗客減でも収入維持、「異業種」鉄道会社の戦略 地域の活性化に一役買う「京都丹後鉄道」 | ビジネス | 東洋経済オンラインtoyokeizai.net