2026/7/2
なぜ甲陽園の半地下の店に人が集まるのか?ツマガリの哲学と八つの工房

甲陽園のケーキハウス ツマガリについて詳しく教えてほしい。
キュリオす
西宮市甲陽園に本店を構える洋菓子店「ケーキハウス ツマガリ」。華やかな立地ではないにも関わらず行列ができる理由を、オーナーパティシエ津曲孝氏の哲学、素材への徹底したこだわり、そして地域に根ざした経営戦略から紐解く。
甲陽園の坂道、菓子の香り
阪急甲陽園駅から続く緩やかな坂を上ると、住宅街の中に一軒の洋菓子店が佇んでいる。平日の朝早くから、その店の前には行列ができている光景は珍しくない。そこは「ケーキハウス ツマガリ」の本店だ。華やかな繁華街でも、観光地でもないこの場所で、なぜこれほど多くの人々が、焼菓子や生菓子を求めて足を運ぶのだろうか。西宮市甲陽園という土地に根ざし、全国にその名を知られるようになったこの菓子店には、単なる「美味しいケーキ屋」では片付けられない、ある種の哲学と選択の歴史が積み重なっているように見える。
甲陽園は、六甲山の麓に広がる閑静な住宅地であり、かつては行楽地としても賑わった歴史を持つ。その落ち着いた街並みに、ツマガリは1987年(昭和62年)に創業した。オーナーパティシエである津曲孝氏が、当時務めていた洋菓子メーカーの代表職を辞し、この地で独立開業したのだという。開業当初の本店はわずか17坪。道路から一段低い半地下のような造りで、開店時には周囲から「坂を上ってきて、さらに階段を下りるのか」と反対の声もあったというが、津曲氏は「この階段こそが店のシンボルであり、お客様の思い出に残る」と、その立地と構造にこだわった。生菓子は本店でしか扱わず、大丸神戸店や梅田店では焼菓子のみを販売するという販売戦略も、その「甲陽園」という場所への強いこだわりと密接に結びついている。
半地下の店が歩んだ道
ツマガリの歴史は、オーナーパティシエ津曲孝氏の半生と、甲陽園という土地の可能性を見抜いた眼差しに深く関わっている。津曲氏は宮崎県の山間の村で生まれ、中学卒業後に集団就職で上京した。製菓の専門教育を受けたわけではなく、紡績工場での勤務を経て洋菓子の世界に入ったという経緯を持つ。下積み時代には、捨てられるお菓子の切れ端を夜中に食し、洗い物で舐めたクリームに感動したという逸話も残る。その経験が、後に彼のお菓子作りの原点となる「おいしさ」への徹底的な追求へと繋がっていったのだろう。
1987年、津曲氏は37歳で「ケーキハウス ツマガリ」を甲陽園に開業した。当時、甲陽園は現在のような洋菓子激戦区ではなかった。しかし、津曲氏は「甲陽園という地名がとてつもないブランド力を秘めた地名だと感じ」、この場所を選んだという。 開業当初、資金は潤沢ではなかったとされ、2000円の買い物客に渡すお釣りがなく、隣の銀行に借りに行ったという話も残る。 それでも、津曲氏は「人間味」を経営理念に掲げ、素材へのこだわりと職人技の研鑽を重ねた。
開店から数年後の1990年には、本格的にクッキーや焼菓子の販売を開始し、ギフトとしても好評を博すようになる。 2008年には「姫路菓子博」で工芸菓子「姫路城」を制作し、その技術力の高さを示した。 この工芸菓子は、砂糖とゼラチンで作った生地を漆喰や石垣、瓦に見立て、シナモンなど十種類以上の木の実の粉で色付けされた大作で、約10ヶ月をかけてスタッフ全員で作り上げたという。 その後、津曲氏は2011年(平成23年)に厚生労働大臣が定める「現代の名工」に選ばれ、2015年(平成27年)には黄綬褒章を受章するなど、洋菓子界におけるその功績は高く評価されている。
ツマガリは店舗数を安易に増やすことなく、甲陽園本店とその周辺に工房を点在させる形で発展を遂げてきた。 生菓子は本店でのみ販売し、百貨店では焼菓子に限定するという戦略も、鮮度と品質を最優先する津曲氏の信念によるものだ。 この堅実な経営方針と、地元甲陽園への深い愛着が、ツマガリを単なる洋菓子店に留まらない、地域に根ざした存在へと押し上げたと言えるだろう。
究極を求める八つの工房
ツマガリのお菓子が「おいしい」と評される根拠は、その徹底した素材へのこだわりと、それを最大限に引き出す職人の技術、そして独自の生産体制にある。津曲氏の哲学は「おいしいものには根拠がある」という言葉に集約され、世界中から「オンリーワンの一流品」と呼べる素材を集めることからお菓子作りが始まる。
例えば、卵は鶏の餌にまで配慮した鶏舎で採れる、雑味がなく旨味とコクが濃厚なものを使用する。 牛乳は自然放牧された牛から採れる、特別な風味を持つものを厳選する。 砂糖はアルゼンチン産のサトウキビから採れるミネラル豊富なオーガニックシュガーを用いる。 小麦粉も、パイやタルトにはバゲットに使われるブランド小麦、バターケーキには口溶けにこだわった小麦と、お菓子の種類によって使い分ける徹底ぶりだ。 さらに、ヘーゼルナッツはイタリア・シシリー産の特級品を、ブルーベリーは北アルプス山麓で完熟してから手摘みされた大粒のものをと、世界中にアンテナを張り巡らせて最高の素材を追求する。
素材選びだけでなく、その加工にも独自の手法が貫かれている。ツマガリでは、自社で作れるものは徹底して自社で作る「自社製主義」を掲げる。 フルーツの甘煮はもちろん、シナモンパウダーや粉糖、さらにはオリジナル発酵バターまで自社で製造するのだ。 例えば、栗の渋皮煮は一つひとつ手作業で皮をむき、砂糖を少しずつ加えながら三日間かけて煮詰める。 バニラシュガーは、マダガスカル産の最高級バニラとオーガニックシュガーを1対1で合わせ、一ヶ月寝かせてからさやごと粉砕するという贅沢な製法を用いる。
この徹底した素材の選定と自社加工を支えているのが、甲陽園本店を中心に半径200m圏内に点在する「八つの工房」だ。 「ツマガリ研究所」ではパウンドケーキなどの半生菓子を、「プランニングペストリー」ではクッキーやタルト、スポンジを製造する。 「チョコ工房」は冬期限定で稼働し、「アトリエ」ではアイスボックスクッキーなどを手掛ける。「マッセルーム」と呼ばれる工房では、原材料の加工、ジャム作り、アーモンドや香辛料の粉砕、粉糖の製造が行われる。 これら八つの工房はそれぞれが専門性を持ち、分業制によって職人が一つの作業に集中できる環境を整えている。 各工房にはお菓子作りに特化した特注の調理機器が導入され、気温や湿度に応じて焼き方や配合を微調整するなど、機械では真似できない職人の繊細な感覚と知恵が活かされている。
街の記憶に寄り添う菓子と、広がる選択肢
ツマガリが甲陽園という特定の場所に深く根ざし、その品質と哲学を維持してきた一方で、日本の洋菓子業界全体は多様な発展を遂げている。都市部の百貨店や商業施設には、海外有名ブランドのパティスリーが進出し、最先端の技術とデザインを取り入れた菓子が並ぶ。また、オンライン販売や全国展開によって、より多くの消費者に商品を届けることを目指す企業も少なくない。そうした中で、ツマガリの「本店での生菓子限定販売」「甲陽園という場所へのこだわり」という方針は、ある種の対照的な存在として浮き彫りになる。
例えば、東京や神戸の都心部に店舗を構える多くのパティスリーは、アクセスの良さや、流行を意識した商品開発によって顧客を獲得している。彼らは新しい素材や技法を積極的に取り入れ、季節ごとに目新しいケーキを発表することで、顧客の好奇心を刺激し続けている。また、近年はSNSを活用した情報発信や、持ち運びしやすいギフト商品の開発にも力を入れ、広範囲の顧客層にアプローチしている。これは、ツマガリが重視する「作りたての鮮度」や「本店でしか味わえない体験」とは異なる価値観に基づいた戦略と言えるだろう。
一方で、ツマガリと同様に地域に根ざした経営を行う洋菓子店も存在する。しかし、ツマガリが際立つのは、その「地域性」が単なる立地条件に留まらず、経営哲学そのものに組み込まれている点だ。津曲氏は、「ツマガリ」という店名よりも「甲陽園」の名を広めたいと語り、商品の名前に地名を取り入れるなど、積極的に街のブランド化に貢献してきた。 これは、地域との共生を重視し、お菓子を通じて街の文化を育むという、より深いコミットメントを示している。多くの地域密着型店舗が、その地域の顧客に愛されることで成り立つのに対し、ツマガリは甲陽園という地名そのものを菓子の価値と結びつけ、遠方からも人々を呼び寄せる求心力を持つに至った。
また、ツマガリの生産体制も特徴的だ。八つの工房が本店周辺に点在し、それぞれが専門の役割を担う分業制は、効率化と品質維持の両立を目指す。これは、大規模なセントラルキッチンで一括生産し、各地の店舗に配送する大手菓子メーカーのモデルとは一線を画する。個々の素材の特性を最大限に引き出すための手間暇を惜しまず、職人の手仕事と感覚を重んじるツマガリの姿勢は、大量生産・大量消費の時代において、別の価値基準を提示しているかのようだ。
坂道の向こうに続く、職人の姿
現代において、「ケーキハウス ツマガリ」は、西宮市甲陽園のシンボルの一つとしてその存在感を放ち続けている。早朝から本店前にできる行列は日常の風景となり、その人気は衰えることを知らない。 生菓子は甲陽園本店のみでの販売を継続しており、大阪や神戸の大丸百貨店では焼菓子のみを取り扱うという方針も変わっていない。 この限定的な販売方法は、顧客にとっては「本店まで足を運ぶ価値」となり、ツマガリにとっては「作りたての鮮度」を保つための揺るぎない基準となっているのだ。
ツマガリの経営規模は、創業当初のわずか17坪の店舗から、現在では社員数250名、パート160名(2012年時点)を抱える中堅企業へと成長している。 年商も20億円に迫るという実績は、その品質と経営戦略が多くの顧客に支持されている証左だろう。 しかし、この成長の裏側には、創業者の津曲氏が掲げる「人間味」という理念が常に息づいている。 社内には「掃除部」が設けられ、地域活動にも積極的に参加するなど、お菓子作りだけでなく、甲陽園の街そのものへの貢献を続けているという。
職人の育成にも力が注がれている。専門学校を卒業したばかりの若者たちが、津曲氏の「うちに来たら大丈夫、伸ばしてあげるから」という言葉に導かれ、ツマガリの門を叩く。 彼らは日々の菓子作りを通じて、素材と向き合い、気温や湿度といった自然条件の変化に対応する繊細な感覚を磨いていく。 華やかなデコレーションケーキだけでなく、クッキーや焼菓子といった地味に見える作業にも徹底的にこだわり、手間を惜しまない姿勢が、ツマガリの味の土台を築いている。
一方で、洋菓子業界全体が抱える課題はツマガリにとっても無縁ではない。原材料の高騰、人手不足、そして顧客の多様化するニーズへの対応など、常に変化の波に晒されている。そのような中で、ツマガリは創業以来変わらない店の装いを大切にし、顧客の「思い出」としての場所を守り続けている。 親子二代で働く従業員や、かつてアルバイトだった女性が子育てを終えて再びパートとして戻ってくるなど、人との縁を大切にする社風も、ツマガリの強みとなっている。
甲陽園に息づく、静かなる規律
甲陽園の坂道を上り、ツマガリの店を後にするとき、単に美味しいケーキを味わったという以上の感覚が残る。それは、この店が積み重ねてきた歴史と、そこを貫く確固たる哲学がもたらす、ある種の発見と言えるだろう。
ツマガリの成功は、単なる商品力の高さだけでは説明できない。その根底には、甲陽園という「場所」への深い洞察と、そこから生まれる「規律」が存在している。津曲氏が、開業当初は人気がなかった甲陽園を「とてつもないブランド力を秘めた地名」と見抜いたことは、単なる直感ではない。 彼は、西宮が持つ文化レベルの高さと生活水準が、質の高い洋菓子を求める土壌となることを見据えていた。 「一流とそれ以外の差は規律」という彼の言葉は、お菓子作りだけでなく、人としての生き方、そして街のあり方にも通じるものがある。
多くの有名パティスリーが、都市の喧騒や流行の最前線に店を構える中で、ツマガリはあえて甲陽園という住宅地に腰を据え、そこから動かない。生菓子を本店限定とすることで、顧客は甲陽園へ足を運ぶことを促され、結果としてこの街の「思い出」の一部となる。 この選択は、効率や利便性を追求する現代社会において、一見すると非効率にも映る。しかし、この「非効率」に見える選択こそが、ツマガリを他に類を見ない存在たらしめている。
ツマガリの菓子は、世界中から厳選された素材と、それを最大限に引き出す職人の手間によって作られる。その工程には、栗の渋皮煮を三日間かけて煮詰めるような、気の遠くなるような時間と労力が費やされる。 これは、お菓子作りにおいて「時間」という要素が、単なるコストではなく、味の深みを生み出すための不可欠な「規律」として組み込まれていることを示している。
甲陽園の坂道に佇むツマガリは、流行に流されることなく、自らの道を歩み続けることの重要性を静かに語りかけてくる。それは、お菓子を通じて、土地の記憶と、そこに生きる人々の営みを紡ぎ続ける、一つの確かな方法である。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 「ツマガリ菓子と私の人生哲学」 (ツマガリ社長 津曲 孝 氏) | 卓話 | 大阪西ロータリークラブosaka-westrc.org
- ケーキハウスツマガリに学ぶ | 社長の知恵袋〜いい会社経営のヒント~attax.co.jp
- adeac.jp
- 「人」と「味」に間をおいて… 今こそ魅せたい『人間味』 西宮・甲陽園「ツマガリ」オーナーパティシエ・津曲 孝さん | ラジトピ ラジオ関西トピックスjocr.jp
- 有限会社ツマガリ | 専門学校の就活No.1サイト キャリアマップcareermap.jp
- ケーキハウス・ツマガリの歩み:甲陽園のお菓子工房tsumagari.co.jp
- 「素材の自社加工」と「我が街のブランド化」で快進撃を続けるケーキハウス ツマガリ - chefno®︎chefno.com
- [西宮ペディア] ケーキハウス ツマガリ – 西宮流 (にしのみやスタイル)nishinomiya-style.jp