2026/6/27
なぜ滋賀の近江八幡に、メンタームで知られる近江兄弟社が生まれたのか

滋賀の近江兄弟社について詳しく教えて欲しい。
キュリオす
滋賀県近江八幡市に根付く近江兄弟社。アメリカ人宣教師ヴォーリズが抱いた理想と、近江商人の精神が融合し、医薬品製造から建築、医療・教育事業まで多角的に展開する企業体が生まれた経緯を辿る。
近江八幡、信仰と事業が織りなす街の肖像
滋賀県近江八幡市を歩くと、どこか異国情緒を帯びた洋館が点在していることに気づく。赤レンガや白い壁、洒落た意匠の窓枠。それらは、ただ美しいだけでなく、この地で一つの企業体が100年以上にわたり、信仰と事業を両立させながら社会に奉仕してきた証でもある。その名を「近江兄弟社」という。多くの人が「メンターム」のメーカーとして認識しているかもしれないが、その実態は、医薬品製造に留まらない多岐にわたる社会事業を包含した、他に類を見ない存在なのだ。なぜ、この日本の内陸の地に、このような独特な企業体が根付き、発展を遂げたのか。その問いは、一人のアメリカ人青年が抱いた理想と、彼を受け入れた近江の風土に深く関わっている。
ヴォーリズの来日と近江の地
近江兄弟社の物語は、1905年(明治38年)にアメリカから来日したウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories, 1880-1964)という青年から始まる。建築家を志していたヴォーリズは、キリスト教の伝道師としての召命を受け、24歳で単身日本へ渡った。彼は当初、滋賀県立八幡商業学校(現:滋賀県立八幡商業高等学校)の英語教師として近江八幡に赴任する。この地で、彼は近江商人の精神に触れ、やがてその地を「世界の中心」と呼ぶほどに深く愛することになる。
しかし、ヴォーリズの熱心なキリスト教伝道活動は、当時の宗教と教育の分離という方針と衝突し、わずか2年で教職を辞することになる。だが、彼は近江八幡を去ることを選ばなかった。この地での伝道を続けるため、生計を立てる必要があったヴォーリズは、1908年(明治41年)に建築家レスター・チェーピンと共に建築設計の仕事を始める。元々建築の素養があった彼は、教会、学校、病院、百貨店、そして個人の住宅に至るまで、日本各地で数多くの西洋建築を手がけ、その数は生涯で1500件にも及んだという。近江八幡市内にも20軒以上のヴォーリズ建築が現存しており、今も街の風景を特徴づけている。
建築設計事務所の活動と並行して、ヴォーリズは宣教活動のための経済的基盤を築くことを目指した。1910年(明治43年)には、村田幸一郎、吉田悦蔵らと共に「ヴォーリズ合名会社」を創業する。この会社は、建築資材、ハモンドオルガン、ピアノなどの輸入販売を手がけた。そして1920年(大正9年)には「近江セールズ株式会社」を設立し、アメリカのメンソレータム社の軟膏薬「メンソレータム」の輸入販売を開始する。この「メンソレータム」の販売が、後の近江兄弟社の事業を支える大きな柱となっていった。
社名「近江兄弟社」は、ヴォーリズが愛した「近江」の地名と、キリスト教精神に基づき「心を一つにする仲間」という意味を込めた「兄弟」を合わせて命名されたものだ。彼は生涯、個人資産を持たず、その活動は「事業を通じて神の証(あかし)をする」という理念に貫かれていた。教育、医療、出版など多岐にわたる社会奉仕活動を展開し、1934年(昭和9年)に「近江ミッション」を「近江兄弟社」と改称して、事業と社会奉仕が一体となった独特のグループを形成していったのである。
信仰と事業の融合を支えた基盤
近江兄弟社が、キリスト教伝道という本来の目的と事業活動を両立させ、地域に深く根付いていった背景には、いくつかの要因が複合的に作用している。一つは、創業者であるウィリアム・メレル・ヴォーリズ自身の強い信念と、それを支える具体的な事業展開の巧みさだ。彼は「キリスト教の隣人愛に基づき、事業を通じて社会に奉仕する」という理念を掲げ、単なる伝道に留まらず、人々の生活に密着した課題解決を目指した。建築設計は、当時の日本で需要の高かった西洋建築のニーズに応え、伝道活動の拠点となる教会や学校の建設にも貢献した。
そして、医薬品事業の中核となった「メンソレータム」の存在は大きい。これはアメリカの実業家A.A.ハイド氏が、ヴォーリズの活動に共鳴し、日本での販売を支援するために提供されたものだった。当初は「得体のしれない薬」として問屋から敬遠されることもあったが、その効能と、ヴォーリズたちの地道な普及活動によって、家庭常備薬として日本中に広まっていった。この医薬品販売による収益が、伝道活動や医療・教育といった社会奉仕活動の安定した資金源となったのである。
また、近江の地が持つ「近江商人」の伝統も、この事業の土壌となった。近江商人は「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の精神を重んじ、商売を通じて社会貢献を行うことを是としていた。ヴォーリズの「信仰と事業の両立」という理念は、この近江商人の精神と深く共鳴し、地域の人々に受け入れられやすい素地があったと言える。実際に、ヴォーリズは「青い目の近江商人」と称されることもあった。村田幸一郎や吉田悦蔵といった地元の協力者たちが、ヴォーリズの理念を理解し、事業の立ち上げから経営までを共に担ったことも、その成功に不可欠だった。
さらに、近江兄弟社グループは、医薬品製造販売の「株式会社近江兄弟社」だけでなく、建築設計の「株式会社一粒社ヴォーリズ建築事務所」、消臭剤製造販売の「近江オドエアーサービス株式会社」など、複数の事業体から構成されている。加えて、公益財団法人近江兄弟社が運営する病院や学校、介護施設といった医療・教育・福祉事業もグループの重要な柱だ。このような多角的な事業展開は、一つの事業が停滞しても、他の事業が支えるというリスク分散の機能も果たし、グループ全体の持続可能性を高めてきたと言える。キリスト教の隣人愛に基づく奉仕の精神が、事業の選択と展開を方向づけ、それが結果として経済的な基盤を強化するという、独特の循環を生み出したのだ。
異文化が根付く土壌と事業の多様性
ウィリアム・メレル・ヴォーリズと近江兄弟社の歩みは、異文化の受容と土着化、そして事業の多角化が、いかに地域社会に深く根差すかを物語っている。ここで、他の地域や時代における類似の事例と対比させてみることで、近江兄弟社の特性がより鮮明になるだろう。
例えば、明治期以降の日本には、多くの外国人が宣教師や教師として来日し、キリスト教の伝道や教育活動に尽力した。しかし、その多くは特定の宗教団体や学校法人として活動を展開し、ヴォーリズのように医薬品製造や建築設計といった実業を多角的に展開し、それが伝道や社会奉仕の基盤となる例は、それほど多くはない。 同時代に活動した宣教師の中には、教育機関を設立し、日本の近代教育に大きな影響を与えた者もいる。しかし、ヴォーリズのように、自身の建築設計事務所を設立し、大丸心斎橋店や関西学院大学、神戸女学院大学、同志社大学といった著名な建築物を含む1500件もの建物を手がけた例は稀である。彼の建築は、実用性と日本の気候風土に合わせた工夫が凝らされ、単なる西洋建築の模倣に終わらない独自の品格を持っていたとされる。これは、彼が単なる「導入者」ではなく、「適応者」であったことを示している。
また、メンソレータムのような海外製品を日本で普及させた事例は他にも存在する。例えば、日清食品創業者の安藤百福が、戦後の食糧難の中でメリヤス事業を展開しつつ、後にインスタントラーメンを生み出したように、実業家が社会のニーズに応える形で事業を興す例は少なくない。しかし、メンソレータムの日本での販売権が、ヴォーリズのキリスト教伝道への共感から得られたという経緯は、単なるビジネス上の取引とは一線を画している。製品の背景にある思い、つまり「困っている人を助けたい」という隣人愛の精神が、商品自体に付加価値を与え、消費者に受け入れられる土壌を作ったとも考えられる。
さらに、いわゆる「近江商人」の活動と比較することもできる。近江商人は全国を行商し、各地に「持ち下り」と呼ばれる商品を送り届け、また現地の産物を「上り」として持ち帰ることで、日本の流通経済に大きな影響を与えた。彼らの「三方よし」の精神は、現代の企業経営にも通じる普遍的な価値を持つ。ヴォーリズは、この近江商人の本拠地である近江八幡に身を置き、その精神を吸収した上で、西洋的なキリスト教の倫理観と融合させた。これは、単なる外国文化の移植ではなく、既存の地域文化との対話と融合によって、新たな価値観と事業モデルを創出した稀有なケースと言えるだろう。ヴォーリズは、その生涯を通じて個人資産を持たず、事業の利益を社会奉仕に還元するという姿勢を貫いた。この徹底した利他主義は、近江商人が持つ「世間よし」の精神を、より明確なキリスト教的奉仕の形で表現したものと捉えることも可能だ。
近江兄弟社の多岐にわたる事業は、単に利益を追求するだけでなく、伝道、医療、教育、福祉といった社会貢献活動を経済的に支えるという明確な目的を持っていた。これは、現代のCSR(企業の社会的責任)やSDGs(持続可能な開発目標)といった概念が生まれるはるか以前から、企業活動と社会貢献を一体として捉えていた先駆的な実践だったと言えるだろう。
現代に息づくヴォーリズの足跡
近江八幡市に本社を置く株式会社近江兄弟社は、現在も医薬品、医薬部外品、化粧品の製造販売を主軸としている。特に軟膏薬「近江兄弟社メンターム」は、多くの家庭で親しまれるロングセラー商品であり続けている。しかし、その事業は医薬品に限定されるものではない。グループ全体としては、消臭剤の製造販売を行う近江オドエアーサービス株式会社や、ヴォーリズの建築思想を受け継ぐ株式会社一粒社ヴォーリズ建築事務所がある。一粒社ヴォーリズ建築事務所は、現在もヴォーリズ建築の保存・修復だけでなく、新たな設計も手がけており、その伝統は脈々と受け継がれているのだ。
また、近江兄弟社グループの中核をなす「公益財団法人近江兄弟社」は、ヴォーリズの精神に基づき、伝道、出版、病院経営、そして教育活動を続けている。ヴォーリズ記念病院は地域医療の一翼を担い、学校法人ヴォーリズ学園は幼稚園から高等学校までの一貫教育を提供し、「愛と信仰をもった知性豊かな国際人の育成」を目指している。これらの施設は、単なる企業の付属機関ではなく、地域社会にとって不可欠な存在として機能している。
近江八幡市内には、ヴォーリズが設計した数々の建築物が今も現存し、街の景観を形成している。旧八幡郵便局、ヴォーリズ学園のハイド記念館や教育会館、そしてヴォーリズ自身が晩年を過ごした邸宅を公開したヴォーリズ記念館などがその代表例である。これらの建築物は、単なる歴史的建造物として保存されているだけでなく、現役で利用されたり、地域の観光資源として公開されたりしている。
現代における近江兄弟社は、過去の遺産を守りつつも、新たな社会的課題への取り組みも進めている。例えば、株式会社近江兄弟社の「ニコニコ運動」は、社員の喜びを社会に還元するチャリティー活動として継続され、国内外の困窮する子どもたちや福祉施設への支援を行っている。また、ヴォーリズ来日120周年にあたる2025年には、その功績を再認識し、現代社会に活かすための記念事業が多方面で展開されている。
しかし、このような独自の企業体が持続していく上での課題も存在するだろう。信仰に基づく経営理念を次世代にどのように継承していくか、多角的な事業体のバランスをいかに保つか、そして変化する社会のニーズにどのように応えていくかといった点は、常に問われ続ける。それでも、近江兄弟社が100年以上にわたり、その理念と事業を両立させてきた事実は、その基盤がいかに強固であるかを物語っている。
異郷の理想が根付いた理由
滋賀の近江八幡に根付いた近江兄弟社の歴史は、一人の外国人宣教師が抱いた理想が、特定の地域社会でいかに現実的な形を得て、持続可能な事業として展開されたかを示す稀有な事例である。当初、ヴォーリズはキリスト教伝道という明確な目的を持って来日したが、その活動は単なる宗教の布教に留まらなかった。彼は、人々の生活に寄り添い、教育、医療、建築、そして経済活動という多角的なアプローチを通じて、地域社会全体の向上を目指したのである。
この成功の鍵は、ヴォーリズが自身の理想を「近江商人」の精神と融合させた点に見出すことができる。「三方よし」の理念は、彼のキリスト教的隣人愛と深く共鳴し、商売が社会奉仕の手段となり得るという共通認識を地域にもたらした。彼は、単に西洋の文化や思想を持ち込んだだけでなく、近江の地に既に存在していた商いの倫理と結びつけることで、異文化を土着化させることに成功したのだ。
また、「メンターム」という具体的な商品が、伝道活動を経済的に支える柱となったことも見逃せない。これは、理想主義が現実的な基盤を持つことの重要性を示している。単なる慈善事業ではなく、自立した事業体として収益を上げ、それを社会貢献に再投資するという循環は、その活動が一時的なものではなく、永続的なものとなるための重要なメカニズムだった。
近江兄弟社の物語は、一見すると「信仰」と「事業」という異なる領域が、特定の条件下でいかに有機的に結びつき、地域社会に多大な影響を与え得るかを示している。それは、普遍的な人間愛の精神が、具体的な行動と経済的な裏付けによって、時間を超えて生き続ける力を持つという、一つの証左であると言えるだろう。近江八幡の街に今も残るヴォーリズ建築群や、日常的に手にする「メンターム」の存在は、その理想が単なる絵空事ではなく、この地で確かに息づいていることを静かに伝えている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 近江兄弟社 - Wikipediaja.wikipedia.org
- ウィリアム・メレル・ヴォーリズ|【公式】近江八幡市観光情報サイトomi8.com
- 年表で見るヴォーリズ -誕生~来日-|W.M.ヴォーリズライブラリvories.com
- 滋賀を愛した建築家ヴォーリズ 来日120年、改めて感じるその魅力 | web滋賀プラスワン公式サイトshigaplusone.jp
- 開拓者:ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(一柳米来留) | デイリーブレッド社公式サイトjapanese-odb.org
- ヴォーリズ記念館vories.com
- ヴォーリズ建築を訪ねて|モデルコース|【公式】近江八幡市観光情報サイトomi8.com
- 沿革:会社案内 | 近江兄弟社omibh.co.jp