2026/6/8
小松精練はなぜ、繊維加工から化学素材メーカーへ転換できたのか

小松精練について詳しく教えて欲しい。
キュリオす
石川県小松市で絹織物の精練・染色加工から始まった小松マテーレ。合成繊維への移行、オイルショックを乗り越え、素材開発と化学素材メーカーへの転換を遂げた道のりを、染色技術や環境共生素材の開発事例と共に辿る。
小松マテーレの歴史は、1943年、石川県小松市に「小松織物精練染工株式会社」として始まった。創業当初は、この地域に古くから根付く絹織物の精練・染色加工を主としていたという。北陸地方は白山からの豊富な伏流水と湿潤な気候に恵まれ、江戸時代から絹産業が発展してきた土地である。しかし、第二次世界大戦後の復興期を経て、繊維の主流は変化していく。1950年代後半にはナイロン織物、1960年代にはポリエステル長繊維織物の加工を開始し、天然繊維から合成繊維へと事業の軸を移していったのだ。
1963年には社名を「小松精練株式会社」に変更。1968年には本社を現在の能美市に移転し、事業規模を拡大していく。この時期、同社は大手原糸メーカーからの受託加工(OEM)を中心に成長を遂げていた。しかし、転換期は訪れる。オイルショックやバブル崩壊、そしてリーマンショックといった国内経済の変動に加え、大量生産を得意とする海外メーカーの台頭は、受託型ビジネスモデルに限界を突きつけた。この危機感から、同社は「自ら売る力」の重要性を認識し、自主企画・自主販売への舵を切ることになる。特に、代表取締役会長や社長を務めた中山賢一氏の時代には、大手への依存から脱却し、世界に通用するミルコンバーター(素材開発から加工まで一貫して手がける企業)へと変革を推進した。
小松マテーレの事業の根幹にあるのは、長年培ってきた合成繊維の染色および高次加工技術である。同社のコーポレートスローガン「Art in Technology(美しい技術)」が示す通り、単に繊維を染めるだけでなく、そこに感性と技術を融合させることで、新たな価値を生み出してきたのだ。
その技術は多岐にわたる。たとえば、「SY加工」と呼ばれる独自の染色加工技術は、化学繊維である合成繊維に天然素材のようなナチュラルな風合いとリラックス感をもたらす。また、ポリエステル改質加工素材「マーバス」や、透湿防水ラミネート素材「サイトス」、吸放湿素材「サラドラ」など、特定の機能を持つ高機能素材を次々と開発してきた。これらの素材は、ファッション業界において国内外のトップブランドから高い評価を獲得し、パリで開催される世界最高峰の生地見本市「プルミエール・ヴィジョン」では日本企業として初めてグランプリを受賞するに至っている。
さらに、同社は繊維加工の枠を超え、化学素材メーカーとしての領域を拡大していく。その象徴的な例が、排水処理過程で発生する汚泥をリサイクルして作られた超発泡セラミックス建材「グリーンビズ」と、炭素繊維複合材料「カボコーマ・ストランドロッド」である。グリーンビズは高い保水性や断熱性、吸音性を持ち、屋上緑化材や土壌改良材として活用される。一方、カボコーマ・ストランドロッドは、鉄の約10倍の強度を持ちながら重量は約5分の1という軽量性を実現し、耐震補強材や建築資材として注目を集めている。これらは、創業以来の染色排水処理という課題から生まれた副産物を、独自の技術と発想で新たな価値を持つ建材へと転換した事例であり、同社の技術開発の深さを示すものと言えるだろう。
繊維産業は、グローバル化の進展とともに、低コストでの大量生産が可能な国々との競争に晒されてきた。多くの企業が生産拠点を海外に移し、国内では衰退の一途を辿る地域も少なくない。しかし、小松マテーレは異なる道を歩んできた。彼らは、価格競争に巻き込まれるような汎用的な素材ではなく、高い技術力と独創性によって生み出される「付加価値の高いニッチなマーケット」を開拓することに注力したのだ。
これは、単なる差別化に留まらない。例えば、中東湾岸諸国の男性が着用する民族衣装「トーブ」や「カンドゥーラ」向けのポリエステル生地において、同社は日本からの輸出の約7割を占めるほどの高いシェアを持つ。白生地における多様な白色の表現や、祈りの際にひざまずいても汚れにくい機能性など、現地文化に根ざした高い品質が評価されているという。これは、単に技術を提供するだけでなく、市場のニーズを深く理解し、それに合わせた素材開発を行う提案型のビジネスモデルが確立されていることを示している。
また、同社が「グリーンビズ」や「カボコーマ・ストランドロッド」といった環境共生素材や先端材料の開発に力を入れている点は、他の繊維メーカーと比較しても際立つ。これは、繊維産業が抱える環境負荷という課題に対し、自社の技術で積極的に解決策を提示しようとする姿勢の表れである。排水処理汚泥の有効活用や、CO2排出量削減に貢献する軽量建材の開発は、環境問題がビジネスの新たな機会となりうることを示唆している。多くの企業がサステナビリティを標榜する中で、同社は早くから環境管理宣言を策定し、具体的な製品開発を通じてその理念を具現化してきた点において、先進的な存在と言えるだろう。
2018年には創業75周年を機に、社名を「小松マテーレ株式会社」へと変更した。これは、繊維加工専業から「マテリアル(素材)」と「Re(繰り返し)」を組み合わせた「マテーレ」という造語に込められた、化学素材領域全般へと事業を広げる意思の表れである。
現在、同社は衣料用ファブリック事業に加え、医療・福祉、電材、自動車内装材といった資材ファブリック、さらには炭素繊維複合材料や超発泡セラミックス建材などの先端材料分野まで、多岐にわたる事業を展開している。
その象徴的な施設が、能美市の本社敷地内にあるファブリックラボラトリー「fa-bo(ファーボ)」とファクトリーショップ「mono-bo(モノーボ)」だ。fa-boは、建築家の隈研吾氏が改修設計を手がけた旧本社棟であり、自社開発の炭素繊維複合材「カボコーマ・ストランドロッド」を用いた耐震補強が施されている。白い組紐のようなデザインは、建物を覆うレースのようで、その美しさと機能性が両立している。ここでは同社の歴史や最先端技術が展示され、一般客も見学が可能だ。また、隣接するmono-boでは、製造過程で出る端材を再利用したアップサイクル製品ブランド「mate-mono」を展開するなど、製品を通じてサステナビリティを提案している。これらの施設は、企業活動を地域に開くとともに、同社の技術と哲学を伝える拠点となっている。
小松マテーレの歩みは、ひとつの産業が時代の変化にどう向き合い、自らを再定義していくかという問いに対する、具体的な答えを示している。単なる繊維加工の下請け企業から、独自の技術と発想で世界を舞台に価値を創造する「化学素材メーカー」へと変貌を遂げたその過程には、いくつかの示唆が読み取れる。
一つは、コアとなる技術を深掘りし、それを異なる分野に応用する柔軟性である。染色という基盤技術から高機能ファブリックを生み出し、さらにはその過程で生まれた副産物や知見を建材や環境ソリューションへと展開する。これは、一見すると無関係に見える分野間の橋渡しを、技術の力で実現してきた証左だろう。もう一つは、環境問題への早期からの取り組みと、それをビジネスチャンスへと転換する視点である。産業廃棄物であった汚泥を建材に変える「グリーンビズ」や、建築物の長寿命化に貢献する「カボコーマ・ストランドロッド」は、地球規模の課題を解決する素材として、現代社会に新たな価値を提供している。
小松マテーレの物語は、特定の産業が持つ「らしさ」を一度解体し、技術と感性、そして社会との対話を通じて再構築することで、その可能性を無限に広げられることを示している。それは、石川の地で紡がれてきた繊維の糸が、今や建築物や都市の未来をも編み上げようとしている姿と重なるのである。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。