2026/6/6
村上の黒い街並みは市民の力で生まれた?黒塀プロジェクトの秘密

村上の街並みが黒いのはなぜ?景観を保全しているのか?
キュリオす
村上の街並みが黒いのは、城下町としての歴史的背景と、市民が主体となった「黒塀プロジェクト」による景観保全の成果である。市民の寄付と参加によって、伝統的な黒板塀が復活し、町の個性が再構築された。
村上は、戦国時代に本庄氏によって築かれた村上城を中心とする城下町として発展した歴史を持つ。江戸時代初期の元和6年(1620年)には、時の村上藩主・堀直竒(ほりなおより)によって城下町が整備され、城跡、武家屋敷、町屋、寺町といった城下町の四大要素が現代まで残る全国的にも珍しい町だ。 武家屋敷や寺院が並ぶ地区では、古くから板塀や土壁に黒系の塗料が用いられてきたという。これは、木材の保護や防火、防虫といった実用的な目的のほか、城下町としての格式や落ち着いた雰囲気を演出する意図もあったと考えられている。柿渋と松煙を混ぜた塗料など、日本の伝統建築において黒は機能性と美意識を兼ね備えた色として使われてきた歴史がある。村上城自体も、初期には板張りの「黒い城」であった可能性が指摘されており、後に漆喰塗籠の「白い城」に改築されたという説もある。このことは、この地において黒が建築景観に深く関わってきた歴史的な背景を示唆している。
現代の村上の街並みを特徴づける「黒」の印象は、単なる歴史の残滓ではない。その中心にあるのは、平成14年(2002年)に市民の手で始まった「黒塀プロジェクト」だ。このプロジェクトは、特に旧町人町にある安善小路とその周辺の景観を、昔ながらの黒板塀の姿に戻そうという明確な意図のもとで進められてきた。 資金は「黒塀一枚千円運動」と銘打たれた寄付活動によって集められ、市民が一口千円を出し合うことで、黒塀一枚分の材料費を賄う仕組みが作られた。特筆すべきは、既存のコンクリートブロック塀を壊すのではなく、その上から木の板を打ち付け、黒く塗るという簡易な工法が採用された点だ。この手法によって、比較的少ない費用と労力で、広範囲の景観を統一感のあるものに変えることが可能になった。実際に、黒塀の製作や塗装作業には、地域の子どもからお年寄りまで多くの市民が参加し、自分たちの手で町の景観を創り上げてきた経緯がある。使用される塗料は、伝統的な柿渋と松煙を混ぜたものが多く、防水や防腐、防虫効果が期待できる。こうした市民参加型の取り組みは高い評価を受け、国土交通省の「手づくり郷土賞」や「美しいまちなみ賞」を受賞している。
村上の「黒塀プロジェクト」のような市民参加型の景観保全は、全国的にも見られるが、そのアプローチには多様な側面がある。例えば、京都や奈良の古都では、景観法や文化財保護法に基づき、建築物の高さや色彩、デザインに厳しい規制を設けて景観を維持している。また、岐阜県郡上八幡や岡山県倉敷市美観地区のように、白壁の町並みが特徴的な地域では、漆喰やなまこ壁といった伝統的な工法が厳格に継承され、行政主導で手厚い助成制度が設けられることが多い。 これに対し、村上の黒塀プロジェクトは、行政の枠組みに先行して市民が自発的に立ち上がり、比較的低コストで広範囲に景観を統一しようとした点に独自性がある。もちろん村上市も、平成12年(2000年)に「村上市歴史的景観保全条例」を施行し、平成25年(2013年)には「村上市景観計画」を策定するなど、行政としての景観保全の枠組みを整備してきた。しかし、黒塀プロジェクトは、行政の規制や助成を待つだけでなく、市民が「自分たちの町は自分たちで守り、育てていく」という意識を原動力として、具体的な行動を起こした事例として注目される。これは、上からの統制ではなく、下からの自発的な意思が景観形成を動かした稀有な例と言えるだろう。
「黒塀プロジェクト」以降、村上の街並みは一層の統一感と落ち着きを得た。安善小路などは「黒塀通り」として観光名所となり、歴史的建造物と調和した景観は、訪れる人々に城下町の風情を感じさせている。 現在も、村上では「町屋の人形さま巡り」や「町屋の屏風まつり」といったイベントが開催され、歴史ある町屋の内部が公開されることで、街全体が賑わいを見せている。これらのイベントは、町屋の価値を再認識し、保存・活用していくための市民活動と密接に結びついている。 行政もまた、こうした市民の動きを後押しする形で、平成28年(2016年)には「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」に基づく『歴史的風致維持向上計画』が国から認定された。これにより、旧武家町や旧町人町・寺町地区は重点地区として位置づけられ、歴史的建造物の保存や外観修景に対する助成も行われている。さらに、電線の地中化や道路の石畳化といった、より広範な景観整備も視野に入れられている。黒い街並みは、単に過去を再現するだけでなく、現代の暮らしや観光と結びつきながら、今も変化し続けているのだ。
村上の街並みが黒いのは、単に古くからの伝統や行政による保全策の結果だけではない。そこには、市民が自らの手で町の歴史と文化を見つめ直し、誇りを持って未来へと繋いでいこうとする能動的な意思が色濃く反映されている。 「黒塀プロジェクト」は、かつて当たり前だった黒い塀が、近代化の波の中でブロック塀に置き換わっていく中で、失われつつあった町の個性を再認識し、それを市民の力で取り戻そうとした試みだ。それは、古き良きものをただ懐かしむだけでなく、現代的な課題に対して、伝統的な手法と市民の協働という形で答えを出そうとした、ある種の挑戦だったと言えるだろう。 村上の黒い街並みは、一見すると地味で目立たないかもしれない。しかし、その黒の深さの裏には、町に暮らす人々の地道な努力と、自らの手で町の価値を再構築しようとする静かな熱意が込められている。この黒は、村上という町が自らのアイデンティティを問い直し、それを現代にどう表現していくかという問いに対する、一つの具体的な答えなのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。