curiosu / キュリオす
紀行で文化や歴史を綴る、好奇心をくすぐるメディア。
2 / 160 件
2026年5月14日
弘前城の天守は、明治期と2015年に曳家によって移動された。これは石垣の損傷修復のためであり、解体再建ではなく文化財のオリジナリティを尊重した選択である。本記事では、弘前城の二度の曳家を軸に、その技術や他の城郭との比較、そして文化財保存のあり方について解説する。
弘前は鎌倉時代から南部氏の支配を経て、津軽為信による独立、弘前藩の成立と弘前城築城へと歴史を重ねてきた。江戸時代には北方防衛の要衝として大規模な城下町が形成され、明治以降は学都、そして「りんごの里」として発展。歴史と文化が共存する街の変遷を辿る。