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2026年5月16日
豊後大友氏の強さの源泉は、海外貿易による経済力や先進技術の受容に加え、庄内地方のような豊かな農業地帯の存在にあった。本稿では、大友宗麟以前から続く領国経営と、その基盤となった庄内地方の役割を解説する。
16世紀、大分市中心部の豊後府内は、フランシスコ・ザビエルらの宣教師を受け入れ、「東洋のローマ」と称されるキリスト教都市となった。領主・大友宗麟の南蛮貿易への関心と、地理的要衝であったことがその背景にある。しかし、豊臣秀吉のバテレン追放令により、その繁栄は短期間で失われた。